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ハートの火を消して

新幹線とレンタカーを使って五月にイイ思いをした東北の川にまた来ました。いやぁ五月は良かった。フライフィッシャーなら誰でももっているような川でしたが、ポイントごとにヤマメが飛び出し自己記録更新の泣き尺ヤマメを含め、型、数とも今までにないほど釣れました。

もう顔はだらしなく緩みっぱなし。魚はいるし釣り人はいないし、ああフライをやっていて良かったぁ・・・と幸せをかみしめたあの日。思えば、その日がフライフィッシャーとしても最良の日だったのかもしれません。

夢よもう一度と辛抱たまらん状態が続いた二ヶ月後の給料日直後、えいや!と新幹線に乗ったのでした。終着駅(当時は盛岡駅)で予約しておいたレンタカーへ乗り継ぎ運転すること二時間、ようやく着きました。相変わらず釣り人の姿は見えず、今日は尺釣れちゃうかな!と釣る前から口元は緩み、気持ちはすっかり五月のあの日に戻っていました。

ムッとする草いきれの中を五月に泣き尺を釣ったポイントへ入りました。二ヶ月の間にずいぶん草は伸びたようでした。ひと流し、ふた流し・・・あれ?さらに十流し、二十流し・・・。心の中には暗雲が立ちこめてきました。この前は魚が跳ねていたのに今日は跳ねていない。水に手を入れるとなんだか温かい。照りつける日差し中、やけになって三時間ほどやりました。しかしたまに水中を走る魚影は見えるものの釣れたのは15cmぐらいのが2匹だけ。ウエーダーの中はムレムレ、心はもはやうつろでした。

そうです。季節は変わっていたのです。七月の真っ昼間の里川で五月のようには釣れないのはアタリマエでした。当時フライ一年生の私には季節の観念が欠如していました。

しかし一度イイ思いをした川はそんなに簡単に諦めるわけにはいきません。一年生だった私も実際に経験したことはなかったのですが、イブニングライズという言葉ぐらいは知ってました。夕方に望みをつないだのです。

はたしてあたりが暗くなり始めるとバタバタと大きな虫が飛び始めのです。ポイントに入ると、やってます!バシャ。バシャ。みるまにライズが増えて宴会状態になったのでした。五月の昼間とも、その日の昼間とも全く違った川の状態を目の当たりにして、これがイブニングライズかとカーッと頭に血が上りました。今度こそイタダキ、のはずでした。

ヒゲナガの釣りってむずかしいですね。ヒゲナガカワトビケラに相当するフライをもっていなかったせいもありますが、全く相手にされませんでした。蛙の大合唱の中うつろな気分で夜のあぜ道を車まで戻りました。

その川ですか?ええその後何度も通ってます。あの夏のイブニングライズがハートに火をつけたようです。誰か消し方教えてください。

(フライの雑誌27号 1994年初夏号)

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