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序盤か中盤

前にも書いたと思うが、私は対局後の感想戦がとても苦手である。特に対面になると、ほとんどこちらから発言することはない。単純に人見知りが激しいというのもあるのだが、何を論点にすればいいのかがよくわからない。

将棋の上達を志す者として致命的な欠陥である事は重々理解しているつもりだが、なかなか改善されない。昨今はAIの進歩により、ネット将棋などの棋譜はスマホやPCのアプリで割とお手軽に解析することができ、最善手や次善手などの候補手を一瞬で調べられる為、なかなか自分の読み筋を披露することができない。

恐らく、その恥じらいが成長を妨げる一因なのだろうが、もし仮に感想戦中の発言にケチをつけられようものなら、無駄にプライドが高い私には我慢ならない。何とも器が小さい人間なのである。

とは言え、私もいい大人だ。感想戦で何を言われても基本的には動じない(ように振る舞おうとはしている)。少し声のトーンが低くなったり、顔色が暗くなっている可能性は否定できないが、子供相手だろうが、老人相手だろうが、異性相手だろうが、変わらないスタンスで感想戦に臨む。

勝った対局の感想戦は非常に楽だ。
「いやぁ…難しかったですねぇ…」
「ずっと自信なかったですねぇ…」
と言っていればだいたい切り抜けられる。
そんなやり方では、上達に繋がらない事は
百も承知だが、相手の悪手や疑問手をけなす訳にもいかないし、自分の好手を褒めるのも変なので、何を言えばいいかわからない。

もちろん自分にも疑問手や悪手も少なくないのだろうが、結果として勝ったという高揚感から、だいたいその時には発見できない。
たまに相手から指摘されることがあるが、
「それでも勝ったのはこっちだ!!!」
と正直、内心でイラッとする事はある。
本当にどうしようもない人間だ。

勝った時でそうなのだから、負けた時は
もっと酷いが、その時の精神状態による。
相手の言葉が攻撃的でなければ、
意外と素直に聞き入れる時もある。
負けた対局から得るものは多い。

長くなったが、ここからが本題。
一時期、都内某所にある将棋バーに
頻繁に通っていた事がある。
いつも会社帰りに同僚2、3人で行く事が
多かったのだが、その日は土曜日で私一人で
ふらっと立ち寄った。

そこに道場帰りだという先客が一人いた。
棋力は確か『連盟道場4級』と記憶している。
当時の私より少し強いか、同等という事で、
彼と対局することを店長から提案された。
普段は自分のグループ以外のお客さんとは
指さない事にしていた。

『将棋バー』というのは難しい。
『将棋』を指しに来ているのか、
『将棋』を観たいだけなのか、
『雑談』を楽しみたいのか、
『酒』を飲むのが主目的なのか、
それぞれのスタイルがあるだろう。

私は将棋が指したい…いつもなら。
しかしこの時は、酒が飲みたかった。
別に指したくない訳ではなかったが、
あまり気が乗らないというか、
『指す時は飲まない』
『飲む時は指さない』
というのを基本指針としていた。
しかし、断るのもなんだか感じが悪いので
仕方なく提案を受ける事にした。

右手には駒、左手にはジントニック、
(ジンバックだったかもしれない)
手数も酒も進んでいくにつれて、
みるみるうちに局面が悪化していく。
割と早い段階だったと思う。
それを自覚したのは。

駒がぶつかり、なんやかんやしているうちに、
こちらの形勢が負けに近づいていた。
そしてしばらくして深呼吸をした後、
私は静かに『投了』した。

負けた後の感想戦は実に気分が悪い。
アルコールが脳内を駆け巡り、何というか、
とても感情的になりやすい精神状態だった。
対局相手である彼の一言一言にイライラ
しながら相槌を打っている私がいた。

『味がいい』『模様がいい』などといった、
プロが大盤解説などで口にする、将棋知ってますよ的な用語が彼の口から飛び出す度に、
さらにイライラが募っていった。
感想戦も終盤に差し掛かり、何とか怒りを沈めたまま、この場を立ち去ろうとしていた。


「いやぁ…中盤から悪くしちゃいましたね…
私は思っていたままの感想を何気なく口走った。そして返ってきた言葉に、私の忍耐力は
ついに限界を迎えてしまった。

「いや、序盤ですね」
は???中盤やろがい!!!

「中盤のこの辺だと思うのですが…」
最後に残った冷静さを絞り出した。

「序盤のこの辺ですよね?」
は???この辺は中盤やろがい!!!

「駒ぶつかってますし…中盤では?」
もはや論点が変わってきているが、
何故かこれだけは譲れなかった。

「いや、これはまだ序盤ですよ」
もうええやん!中盤ってことで!折れろよ!

「私は中盤だと思いますけどね」
もうどうでもええやん!お前も冷静になれよ!

「どっちにしろ、ここが悪いですね」
もうね、怒り以外の感情が在庫切れ。

「…まぁ、手合い違いなんで、
負けても全然悔しくないですけどね…」
なんだこの小学生みたいな強がり。

何が言いたいかと言うと、
『お酒』はこわいよっておはなし。

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