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おばあちゃんのイメージはできている。
何故か昔から、色々通り越して90歳くらいのおばあちゃんになった時にはこうなっていたい、というイメージを持って過ごしている。
どうも、取り越し苦労というのか?ものすごい先のことばかり考えていることがある💦
“今”に納得してないからなのか?満たされてないからなのか?心理学的にはどういうことなのか😂
小学生の頃に、ドラえもんの四字熟語マンガみたいな本で、“大器晩成”という言葉を知った時に、あ、私これだ!と謎に確信したものです。
それが、50歳くらいって勝手に思ってた😂
まもなくやってくるよね。
何が起きるかな💕
たまに、ふと思い出すのが、昔の私の夢のこと。
幼稚園の卒アルでは“ピアノのせんせい”
小学2年生のクラス替え文集では“学校の先生”
小学6年卒アルでは“音楽の先生”
って書いてあった。書いたのもこの3回くらいだった。随分な大人になってから、文集を見返していて、気付く。全部夢叶えたみたいだよ、Dear昔の私‥
だいたい、音大行ったのは夢のためではなかったし、卒業してから、全く違う業界に就職して働いていたし、昔書いたことなんて忘れてたし、気にしたこともなかったし、昔の全ての夢を結果叶えてたのは、結婚して子どもが生まれてからのことだった。
いつ、どうなるか、どんな風に夢が繋がってくるのかなんてわからないもんだな、と思ったけれど、幼い頃になんとなく感じていたやりたいこと、好きなことっていうのは、純粋な気持ちなんだろうな、と思ったし、だから大人になっても、純粋に自分と向き合うことで、そこに戻れるんじゃないかな、というような気もする。
(いや、予知能力でもあったのか😂?)
大人になっても、純粋な気持ちを“恥ずかしい”とか“子どもっぽい”とか世間体気にしたりとか、もしそんな風に思って、格好つけたら損だなぁって、ふと、思いました。“なんとなく”とか“勘”とかって言うと中身なさげな感じもするけど、潜在意識からくるものだからとても大事だよね。
私はまだまだトトロが見えるのだ❤️
皆も研ぎ澄ませて!
そして、大人になってからも、次なる夢を色々なところで色々書いてきている。
その一つに、“子どもや子育て中のお母さんたちの駆け込み寺のかわいいおばあちゃん💕”っていうのがある。イメージもハッキリしていて、ターシャテューダのようなおばあちゃんなのだ。
ガーデニングできないし、絵も下手だし、ターシャテューダにとても失礼ですけど‥ガーデニングや絵は、インテリアとか、音や音楽に置き換えて😆‥90のおばあちゃんだから伝えられる、説得力のある“何があっても大丈夫だよ”を届けられる人になりたいのだ。
(そして、そのための訓練が次から次へとやってくる今かな、人生よくできている。)
さて、まずは90の前に小学4年の頃想像していた、50歳ぐらいはまもなく。
何が起きるのだろう。
ワクワクしていよう🪐
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