仲谷鳰『さよならオルタ』感想
『やがて君になる』の仲谷鳰先生の短編集『さよならオルタ』を読みました。予約して発売直後に手にしていたのに、「一番好きな漫画を書いた作家の新刊が期待ほどじゃなくて幻滅してしまったらどうしよう」というのが怖くてずっと手を付けられずにいた作品(もったいない)。このパターンは僕の場合よくあって、似たパターンだと好きなクリエイターの一番の代表作だけずっとあとまで手を出せなかったりします。
まず全体についてですが、とにかく抜群に話の構成が上手くてばしばし感情を揺さぶってくる。絵もほんとに上手い。表情の微妙なニュアンスとか視線の描き方が特に優れている気がします。
お話の上手さは表題作の「さよならオルタ」に顕著に表れていて、感覚だけで書くタイプではなくかなりガチッと考えて組み立てられている印象です。
『やが君』は百合漫画オールタイムベストと呼べる恋愛漫画の名作でしたが、実は元々の作家性としては結構ひねくれた黒い側面があるんじゃないかという気がしていて、この短編集でも掲載順に一作目の「さよならオルタ」から四作目の「幸せは傷のかたち」に至るまではかなりシニカルだったり後ろ暗い感情を扱っていたりで、必ずしも素直な良い話じゃないし内容も重いんですよね。
ちょっと脇道にそれますが『やが君』主人公の侑ちゃんもまあ基本的には優しい子なんですけどちょいちょい本心を出さずに表面上で合わせて微笑していたりと、冷めた部分の片鱗がこの短編集の登場人物にも通じるところがあるように思えます。記憶違いでなければ何かのインタビューで仲谷先生も「侑はそのまま読んだらあまり感情移入して好かれるタイプの主人公じゃないと思いますが~~」という話をしていた気がします。
一転して収録作の五作目以降はとにかく甘々ではっぴーな百合漫画が続くのですが、ビターな話が書けるからこそ軽めの明るい話でも読み応えのある作品になるのかなあという印象です。ちなみに収録作の過半数は恋愛感情(少なくともその萌芽)を伴う百合です。やったぜ。
どの作品も本当にすごく良くて一話読むたびに倒れてたんだけど「こみみけーしょん」がお気に入りで、けも耳ものなんですけど絵柄がリアルな動物耳タッチなのがすごく可愛い。しかもストーリーが「あー実際にけも耳っ子がいたら確かにそうなるよな……!」という展開で、普通ならオタク文化のなかで一方的に愛玩されて消費されるけも耳でそう来たか!と思って盛り上がりました。もちろん別に小難しい話ではなく軽めのカワイイ話ではあります。
最後の作品、「優しくなりたい」については比較的シンプルな話で他の作品より文芸度が高いというか、やや異色に感じたんですけど「価値観はドライだし全てを自己開示することもなく、完璧な相互理解なんてものはないけど、それでも生まれてくる優しさ」のような他の多くの作品にも通底するテーマが純度の高い形で描かれているように感じて、これを単行本の終わりに持ってくるのは良いなと思いました。
分量的には気軽に読めるページ数なので、興味のある方はぜひ。
読んでほしい!
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