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2021年にはじめて『たまこラブストーリー』を観た話

『たまこラブストーリー』2014
再上映@川﨑チネチッタ

 初見。見終わって放心してしまった。まるで予期していなかったタイミングで事故みたいにこうした傑作に出会うためにこそ映画やアニメを観ている気がします。

 元々本作のTV版にあたる『たまこまーけっと』についてはゆるめの日常系という認識があったので、日常系というジャンルに苦手意識があったこともあり未視聴でした。とはいえいずれ観ておきたいと思っていた作品ではあったので、今回の劇場版再上映が決まってからばばっとTV版を履修してから臨みました。実際TVシリーズの全12話だけでみれば、「ゆるめの日常系アニメ」という当初の認識は妥当だったと思います(だから駄目という話ではないです。念のため)。
 しかしながら、後日譚であり完全新作である映画版の『たまこラブストーリー』では様相が一変します。

 家族や生まれ育った商店街の面々といった温かく優しい人々に囲まれた愉快な日常と、主人公たまこの周辺での微温的な恋愛感情を描いていた『たまこまーけっと』。それに対して『たまこラブストーリー』は、TVシリーズ譲りの可愛いコミカルなタッチのおかげで重さとのバランスを上手く取ってはいるものの、作品として真正面から恋愛と対峙している。ここで、恋愛は明らかに「日常」を脅かす異物なんですね。確かにTVシリーズの終盤もある種の不穏さはあったのですが、日常を超えてここまで踏み込んだシナリオになっていることにまず驚きました。

 そして二点目。『たまこまーけっと』の作品世界において、作劇上たったひとつの「大きな嘘」として「デラ」という名の喋る鳥がいました。まるで高貴な身分の紳士のような語り口で男女の恋愛について訳知り顔で語るユーモラスな鳥(そしてその鳥のやってきた南国の王子と占い師の少女)が日常ラブコメの「コメ」の部分、そして作品内におけるフィクショナルな要素を担っていたわけです。しかし、映画『たまこラブストーリー』ではデラや王子たちは冒頭でファンサービスのようにわずかに登場するのみで、一切お話に関わってきません。
 つまり、ここに来て主人公たまこたちは初めてフィクショナルな要素の介在しない写実的な世界で等身大の恋愛に向き合うことになるわけです。この点でも映画はTV版と大きく異なっており、しかし別作品なわけでは決してなく、むしろTVシリーズで日常を積み上げたあとでないと描けなかった世界を書いている、ずっといつまでも続きそうな平和な世界を容赦なく転倒して日常の先まで話を押し進めて書いているところに衝撃があるわけです。

 劇場版では恋愛要素についてしっかり描いてオチをつけるんだろうな、程度の予想はしていましたが、まったく予期せずあまりに生々しい人間描写が現れる、それでいて内容は露悪的だったり嫌みな部分はひとかけらもなく、純度の高い青春恋愛映画となっており、爽やかなラストと相まって「ふわっとしたほのぼのアニメを観るつもりがいきなり邦画の大傑作を見せられちゃったなあ」という気分で圧倒されて劇場を出てきました。

 主人公「北白川たまこ」について。
 すごく良い子で、でも自分に向けられる恋愛感情にはまるで鈍感で、めちゃ可愛いんですけどTVシリーズの頃から「こういう女の子が周りにいるとたいていバグり出す男子がいるんだよなあ……」とひやひやしてました。でも、映画でしっかり決着をつけにいったところが作品もたまこも本当にえらい。
 そして「常盤みどり」。TVシリーズ時点から、好意の矢印について視聴者のミスリードを誘う描き方を織り交ぜつつも何度もはっきりと繰り返し示されていた、しかし作中通して言葉としては最後まで語られなかった関係性。
 これについてはなるべく語らないで観てもらうのが視聴体験としてはベストなのですが、それだと何も語れないので視聴を促せないジレンマ!
 百合は宗教であり百合の定義問題は神学論争なので何が百合で何が百合じゃないかは信仰の自由と多様性を尊ぶ立場を取りたいですが、僕自身はこうした関係性の描き方こそを百合と呼んでいます。
 百合はここにある。あるんだよ。
 百合は「窃視」なので、カメラマンがよくやるみたくかんなちゃんが指で構えたフォトフレームにたまことみどりが収まるシーン、ストーリー上は重要でもなくほんの一瞬で終わるカットなんですけどみどりの内面の心情やふたりの関係性がわっと想起されてほんとにお気に入りです。
 いやそこまで明示的な意図を持ったカットでないことは承知しているのですが、勝手に指フレームのなかに幻視してしまうのだ……。

 本作の脚本を手がけた吉田玲子さんが同じく脚本を担当した実写映画『のぼる小寺さん』(2020)について、本作との類似性を指摘する文章を以前に見かけたけど、確かに内容としては『たまこまーけっと』『たまこラブストーリー』から直線で繋がっているように思えます。
 あとは山田尚子監督つながりで他の京アニ作品との関連も語る人が語ればいくらでも話が出てきそうですが、『けいおん!』や『響け!』シリーズなどと比べて相対的に話題にのぼることが少ないように感じる本作。しかし原作なしの完全オリジナル作品ということもあり、作家性というものがダイレクトに表れているように思えました。7年、8年経ってようやく観た僕が書くのもなんだか妙ですが、まだ観るべき人に届いていないケースも多々あると思うので興味が向いた人は観てほしいです。

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