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7. カーラチャクラ潅頂

1957年チベット東部地域のさまざまな地区から来たゲリラの戦士たちの多くはチベットの首都のラサ市の周りに集まっていた。そして、カルマパ16世は共産主義の中国の侵略に立ち向かうために団結した組織を形成する必要性を感じていた。
カルマパは、チベット仏教の四大教派のひとつカギュ派の最大支派であるカルマ・カギュ派の教主である化身ラマの名跡であり、チベット仏教全体の中でも最高位の格式を持つ僧である。正装の際に黒帽を着用することからカルマ黒帽ラマの異名を持つ。また、ギャルワ・カルマパとも呼ばれる。観音菩薩の化身と信じられており、初代カルマパ(トゥースム・キェンパ)はガムポパ(ガムポパとは「ガムポ寺の尊者」の意。若い頃には医学を学んだためタクポ・ラジェ(タクポ地方の医者)とも、また、月光菩薩の化身とみなされたためダウーシュンヌ(月光童子)とも呼ばれた。ミラレパの弟子であり、ミラレパの意を継いでチベット仏教四大宗派のひとつであるカギュ派を確立した)の高弟であった。
カルマパのことを、俗に「ダライ・ラマ、パンチェン・ラマに続く、チベット仏教の「序列第3位である」と言われることがある。チベット仏教全体の指導者であるダライ・ラマ法王がより高位であることは確かだが、ダライ・ラマ法王もパンチェン・ラマもチベット仏教ゲルク派に属していてカルマパとは宗派が違うため、「序列3位」という表現は正確ではない。
しかし、カルマパが団結した組織を形成する必要性を感じていた時点で、中国が圧力をかけ始めていたのである。そしてチベット政府の立場は無力であった。それ故、ゲリラたちの活動に中国の疑いと監視を紛らわすためにも、戦士たちの異なるグループが互いに密接に接触できるようにするために、東部地域の指導者から後にリタンのアンドゥク・ゴンポ・タシはカムフラージュの計画を立て、ラサで大規模な宗教的な法要を設けた。指導者たちは、カーラチャクラ潅頂を授けるためにダライ・ラマ法王への懇請を行い、法王は親切に懇請を受け入れた。しかし、同様の要求が一度アムドのジンパ・ギャツォのもとで以前行われていたので、両者は1957年にあらためて2回目のカーラチャクラ潅頂を共催したのである。
カーラチャクラとは、チベット密教の最奥義である無上ヨーガ(瑜伽)・タントラの代表的な聖典である。漢字では「時輪」と訳され、「カーラ」とは時間を意味し、「チャクラ」は存在を意味する。カーラチャクラ・タントラはインドで最後に登場した密教聖典で、『秘密集会』を中心とする「父タントラ」と『ヘーヴァジュラ』『サンヴァラ』などの「母タントラ」を止揚統合する「不二タントラ」といわれ、インド密教の発展の最終段階に位置している。カーラチャクラ・タントラ成立の背景にはインドでヒンドゥー教諸派の隆盛に押され、仏教が衰退していったことと、イスラム教徒の侵攻がある。
カーラチャクラ・タントラの大系は「外・内・別の三時輪」(トゥンコル・チナンシェンスム)に要約される。ここでいう「外」とは仏教の伝統的な宇宙論である「須弥山世界」の構造、その周囲を回転する天体の運行などを指し、「内」とは輪廻転生を繰り返す生物とその身体構造、「別」とは、ミクロ・コスモスとマクロ・コスモスの対応関係を示した心口意具足時輪曼荼羅と、カーラチャクラ・タントラ独特の生起・究竟の二次第の大系を意味している。宇宙論と生理学説を統合した思想大系を持っているタントラだ。
カーラチャクラ灌頂はチベット密教ゲルク派の最も重要な儀式である。本来、密教経典の学習は選ばれた修行者に限って行なわれ、灌頂は本来秘儀であり、最多でも二十五人の弟子しか参加することはできない。しかし、カーラチャクラは極めて高度な内容にも関わらず、世界平和への祈りが込められているため、カーラチャクラの灌頂にかぎっては、一人の導師がおおくの大衆に授けることが許されている。この教えの門は広く一般の人々に開かれているのである。あらゆる時間は存在の中にあり、あらゆる存在は時間の中にある。本来、生きるものは全て仏性を有し誰でも仏となる可能性を持っているのだ。
潅頂の感謝やダライ・ラマ法王の長寿を祈るテンシュク(長寿祈願の儀式)の法要が執り行われ、開幕式がカルマパによって行われた。式のハイライトは、ダイヤモンドや真珠と言った貴石や準貴石をちりばめた純金玉座の法王への贈呈であった。また、テンシュク(長寿祈願の儀式)の法要は、全チベット領土の支配者としても最高のものとして法王への信仰の再確認のために法王の即位を象徴するものだった。
その一方で、ゴンポ・タシは23あまりあるカンパ族、アムド族、ゴロク族の族長に民族抵抗運動を組織するように説得にあたっていた。法要の準備期間あいだ、本当の儀式の裏で、さまざまな抵抗勢力の指導者がゴンポ・タシと会合し、民族による抵抗運動の組織について話し合った。

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