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『ゴッズ・オウン・カントリー』監督:フランシス・リー(2017)

'God's Own Country' dir. by Francis Lee, 2017

※めでたく劇場公開された『ゴッズ・オウン・カントリー』が2018年7月にレインボー・リール東京で公開されたときの感想文です(劇場版チラシの写真の方がずっと良いね)。

2017年のベルリン国際映画祭テディ賞ではゲイ雑誌「Männer」の読者審査員賞受賞作。個人的にはスチール写真で損してるかも…と思うのですが観てよかった。すばらしいのですよ。イングランド北部の(ヨークシャー訛りってんですか、英語なんだけど台詞がほとんど聞き取れねえ)ど田舎で祖母と病気の父と暮らしながら一人で牧場で働いているジョニーは時々こっそり男とセックスをしてあとは飲んだくれており、家族との関係も円滑ではない。でもってある日ルーマニアからの移民労働者であるゲオルゲが一週間の短期雇用で牧場にやってきて…てな話。いつまでこんな生活が続くんだよ、と渋面のままだったジョニーの顔が次第に柔らかな表情を垣間見せ始める瞬間がとにかく良い。これは数年来ブレイディみかこさんの文章を読んできたおかげでありますがイングランド(グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国、ではなくて)北部の、言わば政府にほぼ顧みられることなく衰退&右傾化していく地方労働者階級の青年と、これまたEU離脱の大きな一因でもあった東欧からの移民くんという、水と油みたいな2人の出会いがこの先何かを突破するかもしれない、という希望が込められているのが伝わってくる。田舎に生まれた同性愛者はとにかく都会に逃げろ、というのは緊急避難として今でも有効ではあるのだろうけれど、逃げない選択肢というものを夢物語ではなく、地に足の着いた物語としてきちんと着地させたという点で、この作品はゲイ映画における新しいマイルストーンであると思う。あと子羊がかわいい(とか言っていると少し後でひゃあ、と言わされますが)。でもって要らんことを言えば劇中の「親父」が病気のせいもあるのだろうけれどお爺さんみたいな姿なので「祖母・父・息子」という家族像が若干混乱します。少なくとも自分は混乱した。

ジョニーとゲオルゲがお互いへの好意を自覚し始めた頃にジョニーが「飲みに行こう」とゲオルゲをバーに誘い、短期じゃなくてもっと(できればずっと)牧場に残って欲しい、とか言うのですが素面のゲオルゲはいや、とすっぱり断る。「前にもそんな経験はした。でもそういうのはうまくいかない」と。贔屓目に見てもゲオルゲのほうが牧童としては優秀なのは明らかであって、つまり雇用主が能力ある労働者を(性的な部分も含め二重に)搾取しようとする意図への明確な拒否、ということであり、その部分をまだしっかり自覚できていないジョニーは更なる試練を受けることなしにゲオルゲに心からの「君が必要なんだ」を言うことは許されない。恋愛感情と労使関係を混濁させない、と言う理性は本当に必要なものだ。

【蛇足】
ジョニーがルーマニア出身のゲオルゲを何度も「ジプシー」と、大した悪意も含まないからかいとして呼んで、仕舞いにゲオルゲがブチ切れるシーンがありましたが、これは過去にルーマニアではジプシーが奴隷扱いされていたらしい、という事を考え合わせると背後に幾重にも織り込まれている映画なんだなあ、と思いました。
※ルーマニアのジプシーについて自分が読んだ本は『立ったまま埋めてくれ ジプシーの旅と暮らし』(イザベル・フォンセーカ著/くぼたのぞみ訳、1995年)です。

「鮮やかな色を好むセンスといい、けばけばしさを好む趣味といい、成功するために必要な才能といい、ジプシーはアフリカ系アメリカ人とよく似ていた。長いあいだ白人の奴隷にされてきた(ある意味ではルーマニアにもあてはまる)という点で、ジプシーはアフリカ系アメリカ人と共通の歴史をもっているからである。」同書 p. 74

「それでも多くのジプシーはジプシーという語を好む(同性愛者のあいだで『クイア』という語がファッションとして復活したのに似ているかもしれない)。彼らはあくまで挑戦的で、恥ずかしいとは思っていないからだ。」同書 p. 304

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