[逃れ水]本編【ジャンププラス原作大賞/読み切り部門】

「夢」


(シャンシャン)
乾いた河川敷のベンチに寝転がると昔のお祭りの音色と人の歩く足音が聞こえてくる。気味が悪くあるが心地の良いリズムでついつい寝てしまう。18の夏、僕は好きだったあのにをその河川敷で見失ってしまった。

「事務所」

「おい、なんで泣いてんだよ。カラコンも外れてるしよ、家に帰りたくなったか?」
もう見慣れてしまった薄汚い天井を横目に滑(なだら)は僕にきつく当たる。
「帰る家なんてないよ。今日こそ解決させるんだろ。」
この滑というおじさんは日本の廃れてしまった伝統文化を復興させるべく、文化財や文化を伝える特別授業などを行っている。
この人との出会いは大学の歴史学でのこと、歴史学の特別講師として授業をしていた。
そしてなぜこの僕がその人の事務所にいるかと言うと、いまだに未解決の怪事件、通称「逃れ水の怪」の被害者を助けたいと義父母に伝えると家を追い出されてしまった。
そうして僕と滑は日々、文化財の回収を行っている。
「おい、勇(いさ)。今日は一緒に文化財を保護しに行くぞ。」
「え?」
普段は僕が事務所の留守番をして、滑が車で依頼された人の文化財を回収している。
「今日はなんで一緒なんですか?」
「今日からここ、九武蔵野の文化財の保護だ。きっとお前も彼女の手がかりは欲しいだろ。依頼人にでも話聞けばいい。」
九武蔵野は30年弱の間に8回の災害に見舞われ、形を変えながらも存在し続けていたことから、ネットの間では次の神が住まう土地「禁足地」となると言われている。
「はい。」

一件目

「ついたぞ。ここが依頼人のばあさんが保護してほしいという文化財のある倉庫だ。」
「そういえば、なんで文化財っていう物なのに保護っていう言葉を使うの?」
「あぁ。これは俺の考え方なんだが、30年前まで人の手で大切に扱われていたモノっていうのは神様だったりするものが宿るわけだ。そんな文化財をモノ扱いするのは気分が良くないだけだ。」
「なんか親みたいな考え方だな。」
「・・・。」
滑は少し表情を曇らせながら倉庫の中に入っていった。

「倉庫の中」

何十年も使われていなかったようなホコリの被り方と湿っぽさが人のぬくもりを物に伝えようとしていないのがわかる。
「・・・・さん・・・・。」
明らかに滑でも僕でもない声が聞こえ、背筋が凍り付く。
「おい。今お前に話しかけてなかったか?」
「え?」
滑には今の声が僕に対してのように聞こえていたという。
「まあいい。人の思いがこもっていればあり得ない話でもないしな。」
僕は一向にあの言葉の真意を汲み取ろうと必死になっていた。
段々と心臓の音が大きくなり、意識が薄れていく。
そうして、僕はゆっくりと目を瞑った。
「おとうさん。」

「夢」

目を開けると、いつか聞いた祭りの音色と足音、近くには見覚えのない子供たち、隣には僕の顔を見て微笑んでいる着物を着た女性がいる。
「ねえ貴方、次の子供の名前はなににしますか?」
突然話しかけられ戸惑っているうちに勝手に口が動いた。
「あそこの杵みたいに細々と、でも活躍できる子になってほしいな。名前はカ_ツ_・・・。」
「いいですね。」
その声のやさしさで眠たくなり、ゆっくりと目を瞑ると、聞き覚えのある声が頭に響く。
「おい、大丈夫か。」

「倉庫内」

「大丈夫か、勇。ホコリアレルギーだったか?」
「いや。変な夢みたいなの見てて。」
「まあそんなことはいいんだけど、どこでそのひな人形見つけたんだよ。」
「え?」
身に覚えのない、湿っぽいひな人形が手の中にあった。

「事務所」

「う~ん。」
滑が珍しく頭を抱えていた。
「滑、なんかあった?」
「この30年前の九武蔵野の地図と保護した文化財があった場所を重ねると丁度それっぽいように見えるのにわからん。」
「んー。んー?」
「なんかわかるか?」
「丁度あの池から流れてる川の跡地にあるじゃないですか。」
「狭山池のことか?」
「そこってなんかあるんですか?」
「あるといえばあるんだけど、ちょっと異質なんだ。」
そう答えた滑は狭山池の蛇喰の伝説、その時の蛇の血が川の水となった話を聞いていると段々と眠たくなってしまった。

「神話」

昔、読み聞かせで聞いた話を思い出した。
イザナギとイザナミの夫婦喧嘩の話だった。
イザナミはカグツチを生んだ反動で死んでしまい、イザナギは黄泉の国にいるイザナミに黄泉比良坂という道を辿り、会いに行った。イザナミは自分の醜い姿を見られ、激怒し、イザナギは黄泉比良坂の入り口を大岩で塞ぎ事なきを得るという話だった。
僕はその大岩を俯瞰で眺めてひび割れていく姿を眺めていた。

「事務所」

「お前ほんとに寝るの好きだな。」
その滑の皮肉で最悪な目覚めをした。
「ちょっと話長くて・・・。」
「まあいい。とりあえず狭山池行くぞ。」

「狭山池」

たどり着くと不思議と懐かしさから少し安心感を覚えた。
「なんか感じるか?」
「え?俺霊感とかはないけど。」
「お前が一緒にいるとき絶対に何か起こるんだ。ないわけがないだろ。」
こじつけのようで少し気分は悪いが事実であったため、狭山池の周囲を散策してみることにした。
「なあ滑。これって神社?」
「これは昔は神社として使われていたが、他のとことくっついてもぬけの殻になった場所だな。」
「でも、捧げものが置いてあるぞ。」
発泡酒や、札など様々であるが大切にされていたのが見てわかるようなものばかりであった。
「一応参拝でもしていくか、勇。」
「うん。」
鳥居をくぐった時、明らかに自分の名前ではないのに反応してしまう声が聞こえた。「イザナギ!助け・・・。」
「イザナギ・・・。」
「おい勇、今なんていった?」
「イザナギって聞こえました。」
「きこえた?そんなことはいい。その神様の名前を聞いたとき一つだけ思い当たる節がある。」
「イザナギは昔、黄泉の国と現世を繋げてしまう黄泉比良坂を大岩で塞ぎ、黄泉の国から現世に死者の念や悪霊が来ないようにしていた。しかし、年月が経ち蓋としての効力を失い、それと共に現世の穢れを払っていた雛流しの現在形であるひな祭りや死者への思いを忘れないお盆が廃れてしまい、思いの蓋もない今、悪霊や死者の念が人のぬくもりを求め、現世の人を攫って行った。」
長々と滑は話していたが、真剣な眼差しに撃たれ、多少ばかばかしくある内容でも信用に至った。
「もしそれが本当だとしても、俺と滑には解決方法がないんじゃないか。」
「いいや。勇、いいやイザナギ。ほんとはお前、何回もこの世界にいるだろ。思い当たることはあるんじゃないか?」
確かにそうだ。育ての親しかおらず、肉親がいないこと。時々見る夢は自分が体験しているかのような現実感。段々と自分が誰なのか、本当にイザナギだったのかもしれないと思えるし、どうやって生まれたかを思い出せそうな自分に恐怖をしていた。
「え・・・あ・・・え・・・?」
記憶が交錯する中、思いだしたかのように身を池の中に投げた。
黄泉へ通じると信じて。

「黄泉比良坂」

目を覚ますと大きな門の目の前で寝ていた。
きっとここが黄泉の国の門なんだろう。
「すいません。誰かいますか?」
「勇!?ここどこなの?」
門の隙間からかすかに聞こえる大切な人の声。自分が誰なのか記憶が濁っている中でさえ鮮明に思いだせる。
「ここは・・・。」
正直に伝えても信用はされないと思い、言葉を濁していると門の向こうから声が聞こえる。
「勇、分かってるの。段々体が蝕まれていって醜くなってるの。こ
こはきっとどこでもないんだって。怖いよ。」
「すぐにここ開けるよ。他の人はそこにいる?」
「私含めて10人いるんだけど、みんなここの子供たちに渡された飲み物を飲んでから段々姿がおかしいの。絶対見ないって約束して!」
「信じて。開けるよ。」
重たそうな門だったのだが、すんなり開いたので、そのまま大きく開けて行方不明とされていた10人を外に出し門を閉めた。
大切な人の手は温かみがなく、冷たい水をにぎっているようだった。
あと少しで現世に戻れそうなとき、そこかしこから赤子の泣き声、死者の無念、恨みつらみが聞こえ、思考を遮られる。
握っている彼女の手が登っていた坂道を逆走しようとしているのが感触で理解できた。段々と離れようとしていく力が強まっていく。
「ねえ。優(ゆう)、最後のお願いがあるんだ。」
「勇、見ないでって言ったのに。こんな私見せたくないよ。」
「優、聞いて。このままこの坂道を登り切ってほしい。絶対にあとで追いつくよ。そして、どんな時でも優のやさしさ、心の清らかさはいつも僕の枯れ切った心を潤してくれていたよ。忘れないで。」
きっと僕はこの時のために生き続けていたんだ、そう。このオッドアイも過去の記憶もすべて優を助けるこの一瞬のためと思い、僕は色の違う片目に傷をつけ、血を坂に流した。血は水となり、赤子や死者の念を黄泉へと押し戻し、僕は眠るように流れに身を任せることにした。

「現世」

「なんでおれはこの池にいたんだ?」
滑は不思議そうに池を眺めていると、行方不明になっていた人たちが浮かんできた。
この一件で、怪事件の被害者となった人たちの症状はなくなり、行方不明者も0になり、無事に解決した。
そして、この事件は時を重ねるにつれ、忘れられて行ってしまう。
また文化が薄れてしまう時まで。



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