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やじろべえ物語5

その男は初見だった。
身なりは小綺麗にしていたが、どことなく影のある風で、背広の袖口から見える手はいささか毛深く丸々としていた。

私はそんな人間観察が好きだ。
ただ目的も無く観光地に出掛けたり、ショッピングモールをブラブラするのも、人間観察が出来るから面白い。
つい先日も信号待ちのクルマの中からフト閉店しているカフェの入り口で貼り紙を読んでいるらしき男性がいた。
暗くなった店内の入り口ドアに貼られた紙を熱心に読んでいるようだった。

きっと彼は
「知ってて来たんだけど、やっぱり閉店してるかぁ…ちょっと珈琲でも飲めたらなぁと思って来てみたけどアカンなぁ。
いつまで閉店してんのかなぁ…
ほうほう、見通しが立たない事書いてあるわ。
ま、しばらくは来れないのか。
仕方ない、帰るとするか…」

って言ってるだろうと勝手に想像?と言うか妄想するのだ。
それを信号待ちの数分で頭をフル回転させて妄想する。
服装や仕草から推測すると多分近所の人間であろう。
そこまで想像してオレははほくそ笑むのだ。 にやり

「ちょっと兄さん、何ニヤニヤしてんのよ」
またママに突っ込まれオレは我に帰った。
「元気が無さそうですけど、何かありました?」
オレはママに代わって目の前に座る男性に声を掛けてみた。
「実は海の向こうに家族を残してましてね、なんだか火事が起きたらしくて心配で仕方ないんですよ。」
「あら、ご家族は大丈夫なの?」
ママは心配そうに尋ねた。
「とりあえず大丈夫そうなんですけど、かなり酷い火事らしくて…仲間も心配です。」
「そーなんだ、無事だと良いわねぇ」
その男は丸々とした身体をさらに丸めて時折りうな垂れていた。
「何になさいます?」
その空気がいたたまれ無くなりオレがオーダーを聞く。
するとその男はポケットから鷲掴みにした葉っぱを取り出して言った。
「これでモヒートを作って下さいませんか?」

------ モヒート -------
ミントの葉を軽くすりつぶし
ライム、砂糖(ガムシロップ)ホワイトラム、クラッシュアイスを加え
ソーダで割る
-------------------------
だソーダ。
実はこのカクテル私は飲んだ事がない。
昔会社の先輩とガールズバーに行った時、先輩がコレを飲んでたのを思い出した。
もう一人の先輩が、「コイツこれしか飲まないんだぜ」なんて言っていたのを思い出す。
ところで…ガールズバーってなんなんすかね?
知識の乏しいアルバイトのお姉ちゃんがそれなりにシェイカー振ってるけど、中途半端だよなぁ…酒もお姉ちゃんも。
そのガールズバーで先輩が頼んだモヒート、もちろんミントの葉もありそれなりのモノだったが、初めて見るモヒートが印象的だったのはストローが二本入れてあった事だ。
我々オトコ3人で出掛けたが、そのモヒートに刺さるストロー二本はなぜ?って。
ラブラブカップルで飲んでるならストロー2本もまぁわかるが…
その先輩曰く葉っぱが詰まった時の予備…と教えてくれた事を今でも覚えている。
元々葉っぱの詰まりの予備と言うか、クラッシュアイスでストローが凍り付いて詰まった時の予備としての配慮?らしいのでモヒートだからと言うか、クラッシュアイスを使うカクテルにはストロー二本はあるそうな。
バーテンダーのそう言う気配り的なのは頭が下がるですな。 

「かしこまりました、この葉でモヒートですね。正確にはモヒートになりませんがよろしいですか?」

「構いませんのでそれでお願いします。」

そんなどこで手に入れたか分からんような得体の知れない葉っぱで酒を出すのはどーかと思ったが、ママの目配せで私は渋々作る事にした。

「ではこちらを」
彼はグラスに沈んだ得体の知れない葉をしみじみと眺めてから静かに口にした。

「うん、美味しい」
オレは内心ホッとした様な、けどこの葉っぱで何で?みたいな複雑な気持ちでいたが、まぁお客さんが満足してくれるなら良いか…みたいな事を自分に言い聞かせておく事にした。

彼はそのモヒート風カクテルを飲み干すとノソリノソリと動き
「今夜はとても癒されました、なんだか故郷を心配している自分もあっちに居る様な…そんな気持ちにさせてもらいました。
ありがとう。」
そう言って店を後にしそれ以来お目に掛かる事はありませんでした。

そらから数日後

「ねぇ、兄さん。最近店の前に…」
「イタズラですか?」
「いや、そーじゃなくて…あの葉っぱ」
「え?と言いますと?」
「最近店の前にね、例の葉っぱの上にいつも何かしらのコインが置いてあるのよ」
「何すかそれ?」
「コレなんだけど」
ママはその置かれていたと言う葉っぱとコインを手に取り、オレに見せてくれた。
「あ、コレってアレですよね?あの人がモヒート作れって言った例の葉っぱですよね」
「そーだと思うんだけど…その上にね…見慣れない硬貨が置いてあんの」
「5って書いてありますねぇ、この図柄はなんなんでしょう?ちょっとググってみます」
オレは”5”と”外国硬貨”で画像検索してみたらあっさり見つかった。
ハリネズミの図柄かとばかり思っていたがハリモグラと書いてある。
それはオーストラリア$らしく5セント硬貨だった。
「ねぇママ、もしかしてあの時のお客さんコアラだったんじゃないですか?」
「あはは、まさかぁ…」
「きっとアレ見たんですよ、アレ」
オレは貼り紙をしてある空きボトルを指差して言った。

"コアラ募金"
"豪州山林火災で被害を受けたコアラを救おう!!" 
”てか募金しろコンニャロ!!”

「ママってエロいのに立派な事サラッとやりますよね」
オレはついでに葉っぱも検索してみた。
思った通りそれはユーカリの葉にそっくりで、ここら辺には生息してない様だ。
さらに読み進めた。
「この葉っぱ…毒あるんだ…」
「そーそ、コアラにはその毒を分解する酵素があるんだって聞いた事あるよ」
「あのお客さん、平気で飲んでましたよね?」 
オレはあの人を”人の着ぐるみを着たコアラ”だったんだと確信した。