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松本裕樹を推して10年(後半)

松本くんを推して10年が経ったという話。
前半はこちらからどうぞ。

後半もかなり長い気がしますので、宜しければお付き合いください。


後半は高校3年生の夏から始めようと思う。
高校三年生。夏。
私も松本くんも最後の夏になっていた。

岩手は県営球場でやる試合のほとんど全試合中継があるらしいということは聞いていたが、さすがに東京でIATを見ることは出来なかった。(当たり前)

Twitterで観戦に行ってる人を探したり、岩手に住んでる方がニュースを送ってくれたり、情報が入ってこない東京で必死に盛附の試合状況を確認していた。

そんな中盛附は、投打で圧倒的な力を見せつけて岩手県大会の決勝までコマを進めた。

決勝の相手は花巻東高校。松本くんが2年生の夏、3年生の春とともに決勝で負けている因縁の相手だった。

その試合、松本くんは9回を投げ抜き4失点、打っては先制ツーランホームランを含めて4打点の活躍を見せて見事甲子園の切符を勝ち取った。

この試合を何とかリアルタイムで見れた私は、優勝が決まった瞬間号泣した。
最後の夏に松本くんが甲子園に出る。
その事実が本当に嬉しかった。

そして松本くんが試合後泣いているのを見たのはこの試合が初めてだった。
常にポーカーフェイスだった松本くんが感情を露わにしているのを見るのも初めて見たかもしれない。
この時は、純粋な嬉しさの涙だと思っていた。

そうして迎えた甲子園の初戦。
相手は140キロを投げる選手が4人もいるという優勝候補、東海大相模だった。
東海大相模は、最速150キロを誇る松本くん対策として、かなりストレートを打つ練習をしていたらしい。そんな話を聞いて大丈夫かなとドキドキしていた。

それでも、いざ試合が始まると気になるのは相手ではなく松本くんだった。

それは、推しとしての気になるではない。

明らかに様子がいつもと違う。

投球練習はかなり抜いたような球、ストレートもは130後半のみ。

一番気になったのがこの試合松本くんの唯一のヒットであるレフト戦へのヒットだ。

松本くんの飛ばす球はセンターからライト方向が圧倒的に多い。
常に思い切り振るので、レフトヒットでもセンター寄りになることが多かった。
それなのに、この試合で初めて合わせたバッティングをしているのを見た。


この試合で盛附は夏の甲子園初勝利を上げるのだが、その後に聞いた話が

「岩手大会決勝の途中から肘に違和感を抱えていた。」

ということだった。
これを聞いた直後は頭が真っ白になり何も考えられなかった。

次の日に改めて考えると、変化球主体の打ち取るピッチング、フルスイングせず合わせるバッティング、その全ての違和感の理由が分かった。

その次の敦賀気比戦は、正直よく覚えていない。

先発したこと、相模戦より球速が落ちていること、投げるたびに打たれていたこと。
ボロボロ泣きながら「もう限界だよ…」と思っていたことだけは覚えている。

県大会決勝の花巻東戦、甲子園の東海大相模戦、敦賀気比戦は、リアルタイムでの一度しか見ていない。
ダビングしてDVDに落としているが、いまだに見る勇気が出ない。

甲子園で肘の故障が明るみになったが、類まれなるピッチングセンスで優勝候補の東海大相模打線を抑えたことはかなり評価されていたようで、新聞ではジャイアンツ、ヤクルトが調査を進めていると話題になっていた。

松本くんの肘の経過と、どの球団が評価しているのかをそわそわしながら受験勉強を進めていたが、ついにドラフト会議の日を迎えた。

自習をやめ爆速で家に帰った私は、祈るようにドラフトの番組をつけた。

結果は、みなさんがご存知の通りソフトバンクが一位指名。
ついに松本くんの夢が叶ったのだ。

ドラフトの瞬間

一位指名を受けても表情を変えないのが松本くんらしいなと思いつつ、やっぱりすごい選手だったんだと勝手に誇らしげな気持ちになっていた。

松本くんがプロ野球選手になる。
高校を卒業してもまだ応援できる。
それが無性に嬉しかった。

プロの世界に足を踏み入れた松本くんは、高校時代に痛めた右肘のリハビリに1年間を費やした。

そして迎えた2年目。
リハビリを終えた松本くんは、先発のチャンスを掴む。

初先発は5回持たずに6失点とほろ苦いデビューだった。

しかしその次の週である2017年6月3日にもう一度先発のチャンスを得る。
しかも交流戦で横浜ベイスターズとの試合。開催場所は松本くんの生まれ故郷である神奈川の横浜スタジアムだった。

いわゆる凱旋登板。

見に行かないわけにはいかないと思い、何とかチケットを取ることが出来た。

目の前にいたのは、盛附ではなくホークスのユニフォームを着た姿の松本くん。

プロ野球選手になったことを改めて感じた。

その試合で松本くんは5回2/3 被安打5 奪三振4 失点3と好投を見せ、プロ初勝利を上げる。

しかもその日に初ヒットも記録し、ヒーローインタビューのお立ち台に上がった。

初ヒット、初勝利、初ヒーローインタビュー。
初めて尽くしのこの試合を現地で見れたことがとても嬉しかった。

初勝利のヒーローインタビュー後

それから松本くんはたくさんの機会を得て、先発や交流戦でのバッティングなどたくさんの経験を積んでいった。

2022年には、開幕ローテーションの内定を取るところまでいった。
もうホークスの顔なのでは?と贔屓目で見ながら思ったりもしていた。

その後アクシデントがあり開幕ローテーションを務めることは叶わなかったが、その代わりにこのシーズンはジョーカーとなった。

主に中継ぎを務めた2022年は様々な場面で投げることを要求された。
そんな中松本くんは自己最速を156キロまで伸ばし、どんな場面でもしっかりと抑える中継ぎの要としての地位を確立した。

松本くんをまた先発で見たい気持ちはある。

それでも、
「松本くんがプロの世界で活躍している」
というその事実が私にとっては何事にも代え難い喜びになっている。

一軍で活躍することが叶わなかった年は、契約更新のニュースを見るまで安心できないこともあった。

それでも去年は安心して契約更新を待つことが出来た。


松本くんは私にとって青春であり、唯一無二の推しであり、日常である。

いつぞやのドラマで見た

「好きだってことを忘れるくらい、
いつも好きです」

この台詞に全てが集約されていると思う。
「松本くんを好きである」ということが自分にとっては当たり前で、日常になっている。

アマチュアの選手を応援していると、2〜3年くらいしか応援することが出来ない、ということも少なくない。

それを考えると、10年間も野球を続け、活躍し続けている松本くんに本当に感謝である。


私の10年間の思い出や想いを書いていったら合計で5000字を超えるnoteになってしまった。

本当に長いこのnoteをすべて読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。

これからも松本くんの応援を続けたいと思うし、皆様も松本裕樹という選手に今シーズンも期待していただければと思います。

松本くん。今年もどうか怪我無く過ごしてください。いつも応援しています。

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