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桜の木の下で出逢った女の話 第5話


架純と一緒にいるところを
不良グループに見られた翌日。

架純には何かあったら
とにかく俺に一報入れるようにと
念を押してはいたが
特に何の音沙汰もなく放課後を迎えた。

そしてその放課後に事は動く。





いつもは真っ先に帰宅する俺だが
この日は少し学校に留まることに。

架純に『何か変わったことあった?』
とメールし、返事を待ってから帰ろうと思っていた。

掃除も終わり、誰もいなくなった教室の
片隅の席で待つこと数10分。

来ない返信に不安を募らせ
電話した方が早かったんじゃないかと
ケータイを開いた瞬間メール受信画面になった。

そこには
『昨日の人に呼び出された』と書かれていた。

───!?

俺はすぐ架純に電話した。

「おい?大丈夫か?いつだ?」

「放課後、帰ろうとしたら待ち伏せされてて」

「なんですぐ連絡しないんだよ!で大丈夫なのか?」

「うんゴメン、もう大丈夫やけど。研一くん今どこ?」

「まだ学校にいたけど、架純は?」

「あ、それやったら今公園の近くにいるんで、そこで待ち合わせませんか?」

「分かった!」

俺は通話を切ると猛ダッシュでそこへ向かった。





緑色の葉を繁らせた桜の木の下。

架純を見つけるなり開口一番
「で何があった!」と興奮気味に聞く。

ちょっと落ち着いてと言わんばかりに
缶ジュースを差し出す架純。

走ったり声荒らげたりで
喉からからだった俺はそれを一気に飲み干し
ほんの少し冷静になって
「何があった?」ともう一度問う。

「炭酸にしといたら良かったですね」

そう軽い冗談を言いながら架純は言葉を続ける。

「昨日の、ちょっとチャラい感じの人いたやないですか?その人に体育館裏の方に呼ばれまして」

山下のことだ。

「正直軽くパニクっちゃって。研一くんに連絡するとか余裕もなくて…」

「そいつ一人か?で、何言われた?」

「うん。それが研一くんとはどういう関係だとか自分と付き合ったら昨日のは見なかったことにしてやるとかって…」

「なんだよそれ!?」

「研一くんとは友達やって言ったら、噂は知ってんのかって研一くんのこと悪く言って、アイツとは関わるなって」

「………」

そこはあまり否定できない自分がいた。

噂の真相はともかく
現に噂によって俺のイメージは最悪だ。

実際架純もこのままだと
どうなるか分からないわけだからな。

「それで、どうしたの?」

「取りあえず時間下さいって言うときました。まず研一くんに相談しようと思いまして。明日の放課後にまたってなって…」

「それで終わりか?」

「うん。どういう身の振り方をすれば最善なのかよく考えろって」

俺の頭は変にこんがらがっていた。

山下と付き合う云々は別にしても
ここで俺と縁を切ってしまえば
今より悪くなることはないんじゃないか
って考えまで浮かぶ始末だ。

「架純は率直にどう思ってんだ?」

「そんなん好きでもない人と付き合う気なんてないですし、研一くんと友達やめる気もないですよ」

「………」

どうすりゃいい?

どうしたら架純を守れる?

頭ん中でゴチャゴチャと
考えが浮かんでは消え何も言えずにいると
「変なこと考えてません?」
と少し怒った表情の架純。

「研一くんと友達やめるくらいなら全校生徒に無視された方がマシですからね!」

心の中を読まれた気分で俺は言葉が出てこなかった。

「100人と浅い付き合いするより今研一くんとこうしてる方が私にとっては数倍良いと思ってますから!でも…」

少し間が空き
「研一くんが私といるの嫌やって言うなら仕方ないですけどね…」
と寂しげな表情に変わる架純。

俺は自分が物凄い馬鹿だと痛感した。

上手く表現できないが
結局俺は表面上でしか物事を考えていなかったんだなって。

俺の考える“架純を守る”って意味と
“架純がどうしたいか”って思う事は
真逆を向いてしまっていたんだなぁって。

伝わらないかも知れないが
なんかそういうのが込み上げてきて自分が情けなくなった。

架純がそう言ってくれてるなら
俺はただその為に頑張ればいいじゃないか。

「いや、ごめん。嫌だなんて思ってたらこうして今一緒にいることもないし…」

遠回しな言い方しかできない自分に
多少の苛立ちを覚えつつも
取りあえず自分がやるべきことは決まった。

「明日俺も一緒に山下んとこ行くよ」

多分架純一人じゃ心細いだろうし
架純はああ言っているものの
みすみす俺と同じ目に遭わせるわけにはいかないからな。





翌日の放課後、
俺は架純と一緒に山下の待つ体育館裏へ行った。

「なんでお前がいるんだよ?」
と明らかに不快な態度を向けてくる山下。

「お前こそ何企んでだよ?」

「別に何も企んじゃいねーよ。その女に興味あるだけだ」

「興味?どういう意味だよ?」

「まぁいい。で、昨日の返事は?」

山下は俺を無視し、架純に視線を移す。

「あ、はい。ごめんなさい、好きでもないのに付き合うとかは無理です」

「付き合ってから好きになるかもしんねーじゃん」

「多分それはないと思います」

「なんで言い切れるんだよ?俺のこと何も知らねーだろ?」

「あなたも私の何も知らないのに、どうして付き合おうとか言えるんですか?」

「………」

ここで無言になってしまった山下。

ムカつく奴とは
言え堂々と目の前でこういうのが繰り広げられ
俺も気まずさとドキドキの混在する
何とも言えない気分になっていた。

「私は不器用でも真っすぐな人が好きです。姑息な人は好きじゃありません」

言い過ぎじゃないかと、
今後のこともあるし
あまり刺激しない方がいいんじゃないかと不覚にも思ってしまった。

そういう側面で見ると
架純の方がよっぽど強かったんだろうな。

「そうかい…」

山下の放った言葉は
拍子抜けするようなあっさりとしたものだった。

「で、花谷!お前の用事はなんだ?まぁ聞かなくても分かってるけどな」

「分かってるなら多分その通りだよ。そっとしといてくれ」

「嫌だと言ったら?」

俺の拳に力が入る。

それを見てか
「また暴力で解決か?」と山下は言った。

「架純、悪いけど先に帰っててくれないか?」

こうなることは予測していたし、俺もそれなりの覚悟は決めていた。

「え、嫌やし」

帰るのを拒む架純に対し、
俺は至って冷静な口調でもう一度言う。

「大丈夫だって。喧嘩はしないから先に帰ってて」

「何で?嫌や」

「いや、大丈夫だから!帰ってろって」

正直に言おう。

俺は山下に土下座してお願いするつもりだった。

それで納得するか分からないが
何もしないよりはまだ可能性はある。

だが「帰れ」と言う俺と
「嫌や」と言い張る架純のやり取りが
その後数回続くと
「もういいよお前ら!めんどくせー!」
と山下が横から入ってきた。

「言わねーよ。別に俺はお前が無視されてても女が無視されたとしても何も面白いわけじゃねーしな」

山下のその台詞に俺は固まった。

「じゃあどうして?」と聞く架純。

「はっ?知るかよ。俺が無視しろとか噂広めたわけじゃねーし。だからって花谷と仲良く話する気もねーしな」

確かにそりゃそうだ。

普通に学校生活送ってたとしても
俺が山下と仲良く話すなんて考えられん。

「姑息な手使って悪かったな」
と山下は架純に言った。

「え?」

「昨日花谷のこと悪く言ってたのが気に食わなかったんだろ?」

「え、まぁ…それもありますけど…」

「お前に興味があったのは本当だ。どうにか口説こうと思ったんだが逆効果だったみたいだな」

「………」

俺と架純は言葉を失う。

「井上と泉にも俺の方から言っとくよ。ただ泉はお前にキレてたからな。そこは知らん」

「別にそれはいいよ。架純のことさえそっとしといてくれるなら」

「そうか。お前が亀田をボコボコにした時な、正直スカッとしたんだよ。それに免じて女のことは黙っとくように言っといてやる」

山下の突然の良い奴っぷりに完全に戸惑っていた。

何か裏があるのかとさえ疑ってしまいたくなるほどに。

「女なんて腐るほどいるしな。ここで言い触らしたらフラれた腹いせみたいでカッコ悪ィだろ?」

振り幅のせいだろうか、
山下がカッコよく感じてしまう。

「せいぜい誰にも見つかんねーよーに気を付けろよ」

そう言って、山下は消えてった。

取り残された俺と架純。

「と、取りあえずアイツの言う通りここで二人でいて誰かに見られたらアレだから、一端解散しよっか」

ということで一応別々に帰り
架純の家の前の公園で落ち合うことにした。





『少し待ってて』というメールが届き
公園のベンチで待つこと数10分。

架純はたこ焼きを持ってやって来た。

「え、たこ焼き?」と言うと
「だってお腹空いたんですもん」と恥ずかしそうに笑う架純。

「給食もあまり食べれてなくて…」

そっか。

ああ見えて相当緊張してたんだな。

ベンチに並んで座り
二人でたこ焼きをつまみながら
話題は山下のことになっていた。

「山下さんが私を呼び出しに来た時、他の女子とか騒いでたんですよねぇ。なんか目が輝いてましたね」

「ああ、まぁ女子に人気あるみたいだからな」

「みたいですね。私は正直ああいうチャラっぽい感じ苦手やねんけど。でもまた変に勘違いされて嫉妬されちゃったりしたら結果同じことやと思いません?」

「勘違いっつーかまぁ、告白されたのは事実だけどな。確かにそれは一理あるかも」

「今日も学校行ったら結構聞かれちゃいましたもんねぇ。『どういう関係なの?』『付き合ってるの?』『告白されたの?』ってみんなに囲まれちゃって、一躍時の人になりましたよ」

「で、なんて答えたの?」

「カツアゲされた…って」

「はっ!?」

「冗談です。落とし物を届けてもらったって言ったんですよ」

「それ微妙な言い訳だな?」

「だって急で思いつかなかったんですもん!なんか研一くんとの出会いが落とし物キッカケやったからそれが頭に浮かんでしまって」

「それで通用したの?」

「それが意外につっこまれへんかったんですよ」

「へぇー。ま、それで済めばいいけどな」

「うん。私のことは大丈夫そうやけど…。その、泉さん…でしたっけ?そっちの方が心配ですよ」

「ん、ああ…。それな」

泉のことすっかり忘れてた。

泉と喧嘩することになんのかな。

でも、それはそれで俺の問題だし
架純に無駄な心配をかける必要はない。

「多分大丈夫っしょ。3日もすりゃ忘れられてるよ。俺空気だし」

「喧嘩したらあかんで?」

「ん、分かってるよ…」

別に喧嘩したいなんて思ってはないし。

振りかかる火の粉ってやつで、
そん時はそん時だぐらいに考えてた。

が、後日談をすると
泉とトイレで鉢合わせてしまった時に
「山下に免じてこの前の事は忘れてやるよ」と言われた。

「俺も亀田をやった件に関してはスッキリしたクチだしな」と。

亀田に対しては
どうやら不良の仲間内でも好き嫌いが激しく出ているらしい。

兄貴のこともあるから
表面上は友好的にしているみたいだが
実際は亀田派と山下派に割れているようだった。

不良には不良で色々とあるんだろうが
一つ確信したのは
亀田派の連中に見られたらこうはいかないだろうってこと。

「でもアレやね。私が研一くん状態になったら二人で堂々と出来たのにね」

「俺状態ってなんだよ。俺状態を甘く見るなよ?意外とキツいからな?」

なんつーかまぁ、取りあえずこんなことを
冗談で言える結果になって良かった。

そして、そんなこんなで夏を迎える。

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