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桜の木の下で出逢った女の話~第8話

夏休みが明けると途端に夏の終わりを感じる。

この晩夏に押し寄せる切なさは
夕焼けのそれに似ているのかも知れない。

別に夏が好きってわけじゃないのだが
何故だか決まって感傷的になるから不思議だ。

特にこの年の夏は
架純と過ごす毎日が楽しかったってのもあったんだと思う。

9月になり、誕生日が来た。

初めて架純の家に招待され
凄まじく緊張したのを覚えてる。

架純のお母さんが
「彼氏なん?彼氏なん?」と架純をからかい
「そんなんちゃうから!」と少し照れながら否定する。

そんなやり取りがまた印象的だった。

架純は俺のためにケーキを作ってくれていた。

そのまま夕食もご馳走になる。

お父さんは残業だったらしく
会えなかったのだが正直ホッとした。

なんつーか人生で一番嬉しい誕生日だったと思う。

9月も終わりに差し掛かると
明朝は肌寒さが増してくる。

たまに新聞配達に手伝いに来ていた架純だが
「9月の寒さじゃないですよコレ!」と文句を言っていた。

この頃になると俺は
早く架純に北海道の冬を味わわせたくなっていた。

寒がりっぽい架純の反応を見るのが
ちょっとだけ楽しみだった。

11月は架純の誕生日だった。

何をどうしたらいいのか分からなかったので珍しく
というか初めて俺から架純を誘って買い物に連れ出した。

「プレゼントなんていいですよ」と言っていたが
「頼む!なんかしないと気が済まないんだ!」
っつーワケの分からんことを言って
架純に自分のプレゼントを選ばせた。

「プレゼントは渡す相手のことを考えながら選ぶのが良いんですよ?」

「研一くんが選んでくれたものなら何でも良かったのに」

「前にも言ったと思いますけど、今は物より思い出ですから、もう充分してもらってますけどね」

てな感じで色々と言っていたが
最終的に悩みながらピアスを選んでいた。

「ピアス開いてんの?」と俺が聞くと
「いつか開けた時のためにですよ」と架純は言った。

「それなら開けた時に買ってやるのに…」

俺がそう言うと架純は一瞬寂しげな表情になる。

そして───
「今だからいいんですよ…」と言っていた。

この時はまだその真意に全然気付けていなかったな。

架純の誕生日から程なくして初雪が舞った。

寒がりながらも雪にはしゃぐ架純。

俺も雪の降り始めは嫌いじゃなかった。

「スキーとかスノボとかやってみたいなぁ」
と架純が言った。

「あぁ、俺もやったことないんだけどね」
と言うと架純は驚いていた。

「北国育ちの人間がみんなやると思うなよ?」

「言われてみるとそうですよねぇ。静岡県民がみんなサッカーやってるわけじゃないですしね…」

どういう喩えだよと思ったが
でもそういうことなんだよな。

クリスマスが来る。

二学期の終業式を終え
その足でそのまま架純の家へお邪魔した。

相変わらずお茶目なお母さんに架純はいじられながら
また漫才のように彼氏なんちゃらと言い合っていた。

俺的にも照れ臭かったが
それを聞いているのは悪い気がしなかった。

もう俺は架純のことが
たまらなく大好きになっていたから。

実際架純は俺のことどう思っているのだろうか。

それは気になったが
でも悪く思っているハズはないという確信はあったし
この時はこの関係で充分だった。

まだこのままで全然いいと思っていた。

夕飯前には帰ったので
この日もお父さんとの対面はなかった。

夏休みとは逆で
冬休みの長さに架純は喜んでいた。

年の瀬にはスケート場へ行った。

さすがに雪でチャリなんて漕げないのでバスで行った。

二人ともスケート初体験だったのだが
俺の方がヘタクソでいじけて一人で休んでいると架純がナンパされていた。

慌てて現場に向かおうとするも俺はずっこける。

そこに架純がそのままナンパの男連れて来て
「彼と一緒なんです…すいません」と俺の腕を掴んで言った。

「彼氏いたのかよ?ダセェ奴だな」
とか吐き捨てられたが
そんなことより便宜上とはいえ
架純が俺を彼氏と言ったのが嬉しかった。

年末年始は毎年母親の実家で過ごしていたのだが
この年は新聞配達もあったので自宅で一人過ごした。

そして元旦、架純と初詣に行った。

受験生という立場なので
合格祈願とかするのが普通なのだろうが
俺は夜間の定時制に行くと決めていたので
結構どうでもよかった。

それよりももっと架純と…
なんつーかこう…
近い存在になりたいっつーのかな。

なんて、心の中で
いるのかいないのかも分からん神様相手にすら
恥ずかしくてストレートにお願いできなかった。

「なに願い事したんですか?」と聞かれる。

「べ、別に…」

こんなこと言えるわけねーだろっつの。

「架純はなに願い事したのよ?」

「私も…ナイショです」

珍しく声が小さくなっていた。

おみくじは二人とも大吉で
「凄いやん!今年は絶対良いことありますよ!」
とか言いながら喜んでいた。

そして冬休みも淡々と過ぎていき
三学期が始まった。

バレンタインには架純の手作りチョコを貰った。

恥ずかしい話だが
もしかしたらここで告白とかないかなぁ…
みたいな妄想はした。

何事もなくいつも通りの架純だったけど。

面接だけの受験も終わり
いよいよ卒業式が近づいた頃───

架純の口から信じたくない言葉が飛び出した。

「今年でこの街とお別れになっちゃいました…」

「えっ…?」

最初は意味が分かんなかった。

「こっち来る前から、多分1年か2年ぐらいしかいられないかもってのは分かってたんです」

「………」

もう絶句ってやつだった。

頭の中では色んな想いが渦巻いてるんだけど
それがまとまらない。

次の転勤先は本社のある千葉県で
最初から行くことは決まっていたらしい。

この街は一年か二年だけというのも決まっていたので
父親だけ単身赴任して
千葉に行ったら母親と架純もそっちに行くって案もあったらしいのだが
色々家族会議した結果みんなでここに来ることにしたらしい。

「オトンああ見えて寂しがり屋なんですよ」
と言っていたが
残念ながら俺は対面したことないので見た目が分からん。

そんなツッコミすら
その時は口から出てこなかった。

「4月になる前には引っ越すと思います…」

「そ、そうなんだ…」

やっと絞り出した言葉がこれだった。

ベッドに横たわり
今までの架純とのメールを読み返していた。

少しずつ冷静になってから考え出すと
幾つか繋がってきたような気がした。

桜を見ながら
『またこうしてこの景色を眺める日が来るのかなぁ』
って呟いていたこと。

『今は物より思い出が欲しい』
としきりに言っていたこと。

ピアスを買った時のもそういう意味だったんだろう。

全て架純の中では
別れが一年か二年後に訪れる
ということが分かっていての行動だったんだな。

他にも邪推するなら
無理に標準語を話そうとしていたのも
千葉に行った時のためにとか
早い段階で仲の良い友達作りを諦めたのも
どうせ悲しい別れが待っているならって思ったからだったのかな、なんて。

ただ、そんなことよりも何よりも

───架純がいなくなる

それがまだ嘘みたいに思えて
考えれば考えるほど胸を締め付けられるように苦しくなった。

実は卒業を控えて色々と俺も思うところはあったんだ。

16歳になったらバイクの免許を取って
架純をもっと色んな所に連れてってやろうとかさ。

架純が高校生になって
今と同じような関係を続けられていたら
勇気出して告白しようとかさ。

なんかそういうのも全部真っ白になっていた。

それからの俺はまたどこかぎこちなくなっていたと思う。

架純とどう接していいか分からなくなっていたんだ。

残された日々を気にして
無駄に焦って恐れていたのかな。

そして、そうこうしているうちに
卒業式の日を迎えるんだ。

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