桜の木の下で出逢った女の話~第7話
「てゆーか夏休み短くないですか?」
チャリの後ろに立ち乗りしながらぼやく架純。
「えっ、そうなの?普通じゃないの?」
「短すぎですよー!ビックリしましたもん!」
「そっちはどんくらいあったの?」
「40日くらいはあったと思いますよ?」
「マジで?一ヶ月以上もあんの!?」
お互いに軽いカルチャーショックを受けていた。
夏休み初日───
俺と架純は早速海へ向かっていた。
架純の希望通り二人乗りで。
「にしても涼しいですよねぇ~」
「涼しい?暑いべや」
「大阪に比べたらメッチャ涼しいですよ?」
多分その日は
25℃~28℃くらいはあったと思うが
俺的には普通に暑かった。
人混みを避けたかった俺は
海水浴スポットとされている場所ではなく
ちょっと町から外れた海へ行くことにした。
これがなかなか遠く一時間は軽くかかった。
町外れの海に人はほとんどおらず
目的は泳ぐというより
海が見たいとのことだったので最適だったと思う。
俺も海を見るのは好きだしね。
「私の水着姿見れなくてガッカリしたやろ~?」
なんて架純におちょくられたが。
そりゃちょっとは見たかったよ。
特にこれといったエピソードもなかったのだが
何となく強く印象に残った日だった。
誰もいない静かな海で時間を忘れて過ごす。
ただただ心地好かった記憶だ。
こんなとこ絶対に学校の奴来ないだろ
っていう余裕も大きかったんだろうな。
他愛のない会話をして
架純の作った弁当を食べて。
波と戯れ、はしゃぐ架純。
俺もはしゃいじゃってたか。
疲れたら休んで
また他愛ない会話をしたり
流木の枝で砂に落書きしたり
小石や貝殻を海に投げてみたり。
とにかくたくさん笑った楽しかった記憶。
「夕焼けが嫌いなんだよねぇ」
帰りのチャリ。
夕日が二つの影を伸ばす。
「どうしてですか?」
「分からんけど。多分楽しく遊んでても帰らなきゃならないっつーガキの頃のイメージのせいかもね」
「じゃあ、今もそんな気持ちですか?」
「えっ何で?」
「もぉー!何でちゃいますやん!研一くんはもうちょい女心勉強せなあかんで?」
急に怒られてしまった。
帰る時は「また一時間も漕ぐのか…」と
億劫になったが
いざ走り出すとやっぱり架純と過ごすひと時は
あっという間だった。
8月1日は花火大会に行った。
港は人が多いので山の麓から見た。
山からの夜景も見てみたいと
架純が言っていたので
日を改めて行く約束をした。
縁日とやらにも行ったな。
生まれて初めて金魚すくいをやってみたが
全然すくえなかった。
「性格もやけど手先も不器用やなぁ」と言われた。
何も言い返せなかった。
とにかくこの夏休み期間中は
色々と付き合わされた。
買い物に行ったりゲーセン行ったり
カラオケ行ったりボーリング行ったり。
バスケのゴールのある公園に行って一緒にしたりもしたな。
「メッチャ上手いやん!」
と褒めてくれて嬉しかったが
架純にも教えてみると
意外とセンスあるのが驚きの発見だった。
「バスケ部入ってみよかな」
なんて調子に乗っていた。
それに新聞配達にも
ちょいちょい手伝いに来てくれていたし
ホント会わない日の方が少なかったと思う。
なんか恋人がいるって
こういう感じなのかなって思ったりしたもんだ。
そんなこんなで夏休みは消化されていき
残された休みもあと2日になっていた。
その日は西部地区と呼ばれる方面で
観光じみたことをしていた。
実際地元といえど
こうやって見て回る機会はなく
俺にとっても新鮮ではあった。
路面電車に乗ったり
教会を見て歩いたり買い物したりと
時間は相変わらずあっという間に過ぎてった。
そして午後7時を過ぎ
薄暗くなってきた辺りで
ロープウェイで山に登り夜景を見た。
「うわぁー!キレイ!」と喜ぶ架純。
実は俺も夜景なんて幼い頃の
ぼんやりとした記憶しかなかった。
この時はただただ感動したし
何より隣で夜景を見下ろす架純の横顔が可愛かった。
「去年の夏休みな、小学校の友達と同窓会したんですよ」
事はその帰り道に起こった。
「担任だった先生にお願いして、教室使わせてもらって、当時のクラスメート半分以上は集まったんちゃうかな」
時刻は午後の8時を過ぎていた。
「でな、その日メッチャ雨降ってまして、校内もメッチャ薄暗かったんですよ」
チャリの後ろに立ち乗りしながら
架純のトークが展開される。
「アレ何でやろね?誰もいない学校ほど不気味なものってないと思いません?」
「う、うん。そうかもね」
「しかも雨やで?」
「そうだね…」
「4時くらいやったかなぁ、みっちゃんって友達がトイレ行ってたんやけど、慌てて戻って来てな、メッチャ怯えた顔してたんですよ!」
「ちょ、ちょっと待って!それって怖い話?」
「まぁ聞いて下さいよ!でね、『どうしたん?』っ聞いたら『誰かにノックされた』言うんですよ…」
「………」
「でもみっちゃん以外誰もトイレ行ってないはずなんですよ。みっちゃんも不思議に思ったんやけど、悪戯かなぁ思って手洗ってな、鏡見たら後ろに見たことない女の子立ってたんやて!ほんで振り返る余裕もなく走って戻って来たって話やねん」
「お、おぉ。なんで今その話するかなぁ?やめろや」
「ふと思い出したんですよ。怖かったですか?」
「いや、別にだけどさ」
「その後ですね、男子とかが調査しに行く言うて見てきたんやけど何もなかったみたいでしたね」
「そ、そうなんだ。ってかそれみっちゃんの見間違いじゃね?それかホントに女の子いたとか…」
「いや、ほんまに女の子おった説もあったんやけど、それはそれで怖くないですか!?なんで女の子が夏休みに一人で学校おんねんって話やん?」
それを考えたら背筋がゾクッとした。
そして───
「あっ!!!」
何故かこのタイミングでチャリのチェーンが外れた。
「最悪だマジかよ…」
「なんか怖いですね」
チェーンをいじる俺を覗きこみながら架純が呟く。
「いや偶然だし!大丈夫だって!」
怖い話をして急にチェーンが外れるとか
なんか嫌な感じだったが俺は必死にごまかした。
しかしチェーン直そうにも
頼りない街灯だけじゃ暗くてよく見えやしない。
家まではまだ遠く
歩いたら確実に9時は過ぎる。
俺は大丈夫だが
架純は今日9時まで帰るって親と約束して来たらしい。
ここで一人になるのは怖いが仕方ない。
「タクシーで先に帰るか?多分2千円もありゃ足りるだろ?」
ポケットから財布を取り出す。
「いや、ええよ。そんなん」
「大丈夫だって。新聞も手伝ってもらってるし気にすんな」
「お金ちゃいますし。一人だけタクシーで帰るとか嫌やわ。それに研一くん、一人になったら怖いやろ?」
「いや、別に怖くねーし!ただ9時門限っつーからさ!」
「それは電話しとくから大丈夫ですから、ね?」
「そ、そうか?いや、大丈夫ならいいけどさ。こっからだと結構歩くぞ?」
「それも思い出ですよ!じゃあ歩きましょう!」
架純、ありがとう。
ホントは怖かったから凄く嬉しかった。
そしてチェーンを直すのを諦めて
歩くことにしたのだが。
数分後、今度は急激な腹痛が俺を襲う。
完全なる便意だった。
我慢しながら騙し騙しいたが正直しんどかった。
漏らしでもしたら洒落にならん。
次、コンビニ見つけたら入ろう。
そう思っていたのだが
先に公園の公衆トイレが目に飛び込んできた。
それが目に入った瞬間
俺はもう我慢の限界だと悟る。
「ちょ、ごめん!トイレ行ってくる!」
俺は押してたチャリを架純に預けて
公衆トイレに走った。
多分その時の俺は変な走り方をしていただろう。
「ふー」
なんとか落ち着く。
そして、落ち着くと同時に
さっきの架純の怖い話を思い出していた。
よりによってトイレの話とかするなよな。
そもそも架純の話を聞かなくても
夜の公衆トイレなんて怖すぎるし。
本当はもう少し踏ん張りたかったが
長居したくなかったので早めに切り上げることにした。
そしてケツを拭き終わり水を流したその時だった。
コンコン。
コンコン。
ドアがノックされたのだ。
嘘だろ?
もう鳥肌立ちまくりだ。
「は、入ってます…」
か細い声を出す俺。
すると今度は───
ドンドンドンドンドンドン!!!
激しくドアが叩かれた。
「はぅわぁー!」
もうワケの分からん悲鳴をあげる俺。
するとドアの向こうから笑い声。
聞き慣れた笑い声だ。
「ごめーん研一くん、私ですよ!」
え、架純?
まだ思考が追い付かない俺がいたが
取りあえず表へ出る。
架純が申し訳なさそうに
それでいて笑いを堪えるように
「ごめんなさい、普通に私やって分かると思ったんですけど」と言っていた。
「お前、ここ男子トイレだぞ!」
「今そこ問題ちゃうやん!いやー傑作やったわ研一くん」
クソ、このままでは情けない男と思われてしまう。
「一応気を遣って流し終わるタイミングまで待ってたんですよ」
とか得意気に言う架純。
それよりも汚名返上しなきゃと思っていた俺は
「わざとだけどな…」なんて見苦しい言い訳をしていた。
「悪戯に乗ってやっただけだし」
そんな俺に対し架純は
「ふーん」とか適当に返事をしていた。
後にしてみればくだらない悪戯だったのだが
その時に体感した恐怖度ってのは
正直なかなかのものだった。
「あー、夏休みももう終わりますねぇ」
「明日で終わりだな」
「楽しかったですね」
「うん、そうだな」
「え、楽しかったですか?何が楽しかったですか?」
「あ、いや別に色々だよ色々!」
「色々私と過ごせて楽しかったですか?」
もう、何でこいつはこう
恥ずかしいことを普通に聞いてくるかな。
「ちょっとー!なんか答えてくださいよー!」
「う、うん。そうだな」
ほとんど架純と過ごしたんだから
言わなくても分かるだろ。
「あ、でも宿題やりました?」
「………明日やるし」
こうして、北海道の短い夏休み───
架純との思い出で溢れた夏休みが終わった。
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