見出し画像

桜の木の下で出逢った女の話~第9話

卒業式は3月13日だったと思う。


式の最中も頭に過ったのは
すべて架純との思い出だった。


架純と出会った時から今この時まで
春も夏も秋も冬も
いつだって架純の笑顔が隣にあった。


わずか一年にも満たない日々だったけれど
それが俺の中学校生活のすべてになっていた。


ホント泣きそうになったけど
とにかく必死で堪えてた。


だって他の人から見たら
“ぼっち”だった俺に何の思い入れがあって
泣いてるんだよって話になるからな。






式が終わり
最後のホームルームも終えると俺は足早に外に出た。


校門の前で架純が待ち構えており
「研一くんが真っ先に出てくると思ってましたよ」
と笑っていた。


「卒業おめでとうございます」


「あ、ありがと」


なんてことない、普通の。


どこでもやってそうなこのやり取りが
今も脳裏に焼き付いている。


「第2ボタン下さいよ」


「ん、え?」


「なんかこういうのってやってみたかったんですよねぇ」


「いや、別にいいけどさ。でも後でいいべ?取りあえず早く行かないと。人来るぞ」


俺がそう言うと
「もういいじゃないですか」と架純は言った。


「どうせ私も、あと二週間くらいでこの学校とお別れですしね」


架純は校門のど真ん中で仁王立ちし
校舎を眺めていた。


「なんか私も卒業気分ですよ」


「はは。なんだよ、それ」


「最後くらいは堂々としましょうよ」


「………」


“最後”という言葉がずっしり響く。


大体の連中はまだ校舎の入り口付近で
わいわいやっていたのだが
ぽつらぽつらと人は流れ出してきた。


校門の前に不自然に立ち並ぶ俺と架純を
チラチラ見たりヒソヒソ話しながら通り過ぎてく。


「どんな噂が生まれるんでしょうかね」


「ん?」


「“不幸を招く男・花谷研一に恋人がいた!”みたいになるんかなぁ」


「っておい、大丈夫かよ?あと二週間とはいえ架純が一人でその標的になるんだぞ?」


「あと二週間くらいどうにでもなりますよ!…って言うてもいつまでもここに立ってる意味もないですよね」


そう言うと架純は
「二人の出会いの場所に行きませんか?行きましょう!」と、歩き出した。






この日の空は穏やかだった。


少し溶けた雪がアスファルトを濡らし
陽射しが反射する。


それは俺の好きな光景なのだが
もしかしたらそれはこの日に見た記憶がそうさせているのかも知れない。


架純の後ろ姿が何だか眩しくて、遠く感じて。


何故だか俺の頬には涙が伝っていて
慌ててそれを拭った。






「まだ桜の“さ”の字も見えませんね」


まだまだ冬枯れの桜の木を眺める。


「桜って冬の寒さがないと咲かないんですってね」


「そうなんだ」


「寒さを乗り越えて、美しい花を咲かせるんですよ」


「………」


もう俺は何も言えなかった。


視界は涙で滲み
甦る風景は桜色に染まったあの頃のもので───。


「また、必ずこの桜を見に戻ってきますから」


その日から一緒に駆け抜けた日々が
まるで走馬灯のように駆け巡っていた。


「はい、第2ボタン下さい」と架純が手を差し出す。


俺はボタンを外し、それを渡した。


「大事に持っときますね」


そう言って微笑んだ架純の目は
少しだけ潤んでいた。






卒業式後、俺と架純の噂はやはり流れたようだ。


俺の心配をよそに
架純は笑いながらこう言っていた。


『逆に興味持たれてメッチャ話しかけられましたよ』


『適当なこと言って流してるから大丈夫大丈夫!』と。





時間は緩やかに
それでいて刹那的に刻まれてゆく。


そして3月31日、架純が発つ日が来てしまう。


それなりに考え
悩んだ俺は友達のまま架純を見送ることにした。


───と言えば聞こえはいいが
本音はこのタイミングで告白する勇気がなかっただけなんだよな。






架純の家の前の公園。


「元気でやれよ…」


俺がそう言うと
「なに辛気臭い顔してるんですか~!」と肩を叩かれた。


「離れてたってメールや電話は普通に出来ますやん!」


「まぁ、そりゃそうだけどさ…」


「あぁアレですね?私に会えなくなるんが寂しいんですね?」


「な、別に──」


厨二病全開でつい否定しようとしていた俺に
被せるかのように「私は寂しいですよ」と架純は言った。


ホント馬鹿だな、俺は。


こんな時くらい素直になれよって話だよな。


「研一くんに出会えて良かったよ。ここに来て本当に良かったと思います」


この辺は必死だった。


涙を堪えるのに。


「最初はやっぱりここに来て少し後悔してました。でも研一くんに出会ってすべてが変わりました。今はもっとここにいたいですもん」


俺の台詞だよ、それ。


架純に出会ってすべてが変わったのは俺の方だよ。


「色々とありがとうございました。そろそろ時間になっちゃいますね」


そう言うと架純は俺に封筒をくれ
「また普通に今夜連絡しますけどね」と笑った。


「じゃあ、行きますね」


「あ、うん。元気でな…」


俺これしか言ってないような気がする。


この時ばかりは自分の不器用さに本気で苛ついたもんだ。


もっと言いたいことあるのに、クソだなって。


別れの瞬間はそれほど劇的な展開だったわけでもなく
思った以上にあっさりしたものだった。


それはさっき架純が言った通り
まだケータイで繋がっていられるからだろう。


まぁ、それでも架純の後ろ姿を見送った時の切なさは
かつてないものだったがな。






どことなく気持ちは空っぽになり
家に帰ってさっき貰った封筒を開ける。


中には1通の手紙と1枚の写真が入っていた。


そして───


それを見てバカみたいに泣いた。


まだ現実とは思えない俺もいたが
明日から架純のいない日々が訪れるのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?