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桜の木の下で出逢った女の話 第2話


夜、メールの着信音が鳴りビクッとなった。

携帯電話なんて当時の俺には使い道などなかったが、
ウチは母子家庭で夜働く母親が
何かあった時のためにと持たせてくれていた。

電話帳に入っていたのは
母親、親戚の叔父と叔母、祖母だけという虚しさ。

そんな俺の寂しい電話帳に
この日新規登録がされたのだ。



それは数時間前の出来事。

『───私と友達になって下さい』

人間不信になって久しい俺にとっては
耳を疑う言葉だった。

そもそも何をもって初対面の俺なんかと友達に?

何か裏があるのか?

ひねくれた俺は素直に受け取れなかった。

俺が無言でいると彼女は
「嫌やと思ってるでしょう?」と聞いてくる。

「いや、正直意味が分からん…」

「どうしてですか?」

「なんで俺なんかと…ってのが一つと…」

俺は彼女の手に握られてるストラップに目をやり
「彼氏いるのに男と友達とか、なんかアレなんじゃないの?」と言った。

「え?彼氏?」

一瞬キョトンとした彼女だったが
俺の視線がストラップに向いてるのに気付き
「あっ!ハートのこれ?違いますよー!」と笑った。

「大阪でずっと仲良かった友達とね…友情の証みたいな感じです」

一瞬寂しげな表情を見せる彼女。

「大阪からは親の転勤か何かで?」

「うん。その時にワガママ言ってケータイ買ってもらったんです」

なるほど、
離れる友達と連絡を取るためとかそんな感じか。

「あ!ケータイ持ってます?」

「うん、まぁ一応」

「じゃあメル友から始めましょうよ!ね?」

「え、でも」

「もー!一個だけ言うこと聞くって約束したやないですか!」

「だから俺と関わってるって知れたら君も何らかの被害に遭うかもしんないしさ」

「そんなん知らんし!それにメールやったら大丈夫やと思いません?とにかく交換しましょう!」

てな感じで半ば押し切られるように俺は了承する。

「てゆーか俺あんまケータイのいじり方分かんねーんだけど」

「アドレス教えてくれたら私が登録しますよ」

「ごめん、アドレスも何かアルファベットと数字ゴチャゴチャしたやつで分かんないんだわ」

「メッチャ適当やん?じゃあちょっと貸して下さい」

そう言われ、俺はケータイを渡す。

「私が押してって言ったらここ押してくださいね?私も準備しますから」

「あ、うん」

彼女に言われるがまま従い、
俺は生まれて初めて赤外線通信ってやつをしたのだった。

確かにメル友って形なら表立つことはないし、
ゆくゆくは俺の現状も説明しやすいだろう。

花谷はなや研一けんいち。研一くんか」

ケータイの画面を見ながら彼女が呟く。

「え、名前も送らさるの?」

「プロフィール設定してたら送られます。私のも送ってるから見てみて下さい」

見てみると“KASUMI”とローマ字で登録されていた。

「あれ?苗字は…何て言うの?」

「え、どうしてですか?」

「いや、何て呼べばいいか分からないから…」

俺がそう言うと彼女は少し考える仕草をし
「苗字はひとまず内緒にしときます!
私のことはちゃんと名前で呼んで下さい!
虹が架かるの架かるっていう字に純粋の純で架純っていいます」と続けた。

「はっ?何だよそれ!?」

軽く度肝を抜かれる俺。

そもそも思春期真っ只中にしてぼっちになり、
女子と話すことすらなくなってる俺に
女子を下の名前で呼び捨てるとかあり得ん。

てゆーかこの時ようやく俺は事の重大さに気付く。

『女子とアドレス交換してる!?』

“自分はぼっち”という意識が強く、
それが自分の中でも誇大化され
やがて自ら他人を避けるようになっていた。

今回だって初めはそうだったはずだ。

関わるつもりなんてなかったのに
いつの間にかペースを握られてこんなことになっていた。

そもそも今さらながらこの子可愛いじゃないか。

そんなことにすら意識が及ばないくらい
俺のリアルは閉ざされていたのだ。

「おーい、研一くーん?固まってますよ?」

「あ、あぁ…」

「名前で呼ぶのが定着したら苗字を教えますよ!」

相変わらずおどける彼女をよそに、
俺の頭はどんどん真っ白になっていった。

架純。

俺に呼べるのだろうか。




「向こうでみんなとお別れする時、桜が満開だったんですよね」

別れ際、
彼女─── いや、架純は言った。

「こっちはこれからなんですもんね。
なんか不思議な感じがして。
だから学校帰り毎日寄っちゃうんですよね」

架純はこっちの学校に馴染めてないのだろうか? 

何となくそんなことを思っていた。





そんなこんなでメル友になった架純からの初メールを開く。

なんというか、今まで味わったことのないドキドキ。

『これからよろしく』的な内容に
絵文字やら何やらで目がチカチカするようなメール。

そんなメールに対して俺は凄くぶっきらぼうな返信をしたと思う。

本当は読みながら、
ついニヤけていただなんて考えられないくらいぶっきらぼうな返信を。


翌日、いつも通り空気のまま学校を終え、
家路を歩いていると背後から誰かが駆け寄る音が近づいてくる。

振り返ると架純だった。

「あー!気付かれちゃいましたかー!」

「そんなバタバタ走ってりゃ誰だって気付くっつの」

「帰るのメッチャ早いですね?」

「ま、学校いたってつまんないしな」

架純は誰かに俺の噂を聞かなかったのだろうか。

ふとそんなことを思ったが、
そんな俺の考えはお構いなしに架純は笑顔で
「一緒に公園行きません?」と言ってきた。

「いや、だからさ。
俺と一緒にいるとこ見られたらヤバいって言ってんじゃん?
君は事の重大さを理解してなさすぎだっつの」

「大丈夫ですよきっと!」

コイツは何を根拠に大丈夫とか言ってるのか。

「あのな?俺は君の事を思って言ってるんだぞ?
別に俺は君が───」

「ちゃんと架純って呼んで下さいよ!」

はっ?

「君じゃなくて架純!」

「え、あ、いや、だ、だから、か、架純がさ…」

ダメだ、照れる。

架純は笑顔で「うんうん、なんですか?」と頷いている。

クソ、またペースを握られてるじゃないか。

「あー!もういいよ!とにかく今日は帰るの!」

俺がそう言うと架純は「もぉー!」と膨れっ面しながらも
「分かりましたよー。じゃあまた夜メールしますからねー!」と言って公園の方へ歩いて行った。

俺はコイツが苦手かも知れん。

そう思いながらも緩んだ口許は、
ぼっちになって初めて他人に向けた笑顔だったかも知れない。




真っ黒なのか、真っ白なのかは分からないが
とにかく彩りのなかった俺の毎日。

それが少しずつ、
少しずつだが確かに架純色に染まろうとしていた。

以来、会わずとも毎夜届く他愛ないメール。

そしてゴールデンウィーク最終日前日───

『明日一緒にお花見しましょう』という旨のメールが届いた。

『来てくれるまで待ってます』というP.S.が添えられて。

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