Fly a Letter to the Wind~空と海

翼とはアパートの隣同士に住む間柄といっても別に頻繁に会ってたわけではない。

仕事の時間のズレもあるしそれぞれの付き合いだってある。

本当に何となくのタイミングで週に一度や二度会うようなもんだ。

まぁ、主に俺の部屋の明かりを見て翼が気まぐれに押しかけてくるってのがパターンといえばパターンだったのだが…。

しかし、それがパターン化されてくるとこっちも知らず知らずのうちに待つようになり、逆に来ない日が続くと心配になったりしちゃうのが心理というもの。

翼と知り合ってから二度目の季節を迎える頃──
それは訪れた。


もう二週間も顔を出さない翼。

隣の部屋のため何となくの気配や明かり、物音で家に居るのは分かるのだが…。

嫌われた?

なんか変なこと言っちゃったか?

と不安になったりする。

まさか彼氏ができたとか?

いや、でも翼がこの街に来て一年経つし…。

なくはないよな…。

ここ数日、頭ん中は翼のことでいっぱいになっていた。


夜の8時頃、何気なしに俺は部屋を出た。

「あっ…」

俺がドアを開けるタイミングと同時に翼もドアを開けていた。

「あっ…」

こちらを見て同じ声を上げる翼。

「ひ、久し振りじゃん?元気してた?」

なんか変に気まずい…。

「う、うん…」

心無しか翼も気まずそうな返事をする。

(なんか喋んねーと…。あれ?俺いっつもコイツと何喋ってたっけ…?)

俺が無駄にパニクってると翼は「ちょっと用があるから…行くね?」と言った。

「あ、うん…」

俺は何にも言えず黙って翼の後ろ姿を見送った。

にしても明らかに様子がおかしい。

少し心配になった俺は翼を尾行することにした。



(なんかストーカーみたいだな…)

(いや、断じて違うぞ!俺はただ心配だから様子を…)

(って、ストーカーも名目はそういう感じなのかな…)

(本人がどう思おうが対象者がストーカーと感じた時点でそいつはストーカーなわけで、もうそうなるとストーカーはそれ以上でもそれ以下でもないただのストーカーで…)

(いやいやいや、でも俺は違うよ?ホントに違うよ?)

と、誰に弁明しているのか分からない独り言を繰り返す俺。

そうこうしていると翼の足は駅で止まった。

誰かと待ち合わせか?

(にしても駅まで徒歩20分…。)

(俺ってなかなか尾行の才能があるかもな…)

(……いや、ストーカーの才能じゃねーよ!)

と、また独り言が盛り上がりそうだったが、翼に歩み寄る男の影を見て俺はしばし言葉を失う。

ただ呆然と2つの影を眺めて1分ほど過ぎただろうか…。

俺は小さな溜め息を吐いた。

(んだよ…。男かぁ~。まっ、いねぇ方が不思議か…)

俺は踵を返し、そこを立ち去ろうとした。

が、ここで一つ引っ掛かった。

───なんで悲しそうな顔してたんだろ…?

(あ、アレか…。男ができたからもう俺とは会ったり遊んだりしたらダメで…それを言い出すのが気まずかったとかっつーアレか?)

(別にその辺は俺だって気ぃ遣うし!逆に俺が気を遣ってやるわ!その辺はちゃんと空気読むし!)

俺はもう一度溜め息を吐きそしてふと振り返った───

「うわっ!!!?」

かつて人生でこれほど驚いたことがあるだろうかというほど俺は驚いた。

翼が俺の後ろに立っていたのだ。

「な、何してんの…?」

俺の驚いた声に対して翼も驚いた表情をしていた。

(や、やべぇ…)

「いや、違うよ?俺も駅に用があって、そしたらお前がたまたま前を歩いていたという偶然というか運命というか…」

「………」

翼の無言の視線が俺に突き刺さる。

「……ぷっwww」

「…え?」

翼が急に笑い出した。

(お、怒ってない…?)

「言い訳が雑すぎるわーw」

「あ、あぁ…」

色々と困惑していた俺は言葉が出なかった。

「見られちゃったんだねぇ…」

「あ、彼氏…?」

「うん…」

(やっぱ彼氏か…)

「正確には“元”だけどね?“元”」

「えっ?」

「あんま見られたくなかったんだけどなぁ~。こういうの。まっ、心配してくれたんでしょ?」

「う、うん。まぁ…」

「さすがに私の様子もおかしかったもんねぇ…」

「うん…」

「ちょっと話しよっか!気晴らしも兼ねてさ、どっか連れてってよ!」

テンション高く話しているようだが何となく無理をしているようにも感じた。

「じゃあ軽くドライブすっか」


────────────


車を走らせてから30分。

助手席に座る翼が“元カレ”について話し終えたとこだった。

ホント言うと俺は“元カレ”とか“元カノ”の類いの話しはあまり好きじゃない。

でも気にならないと言えば嘘にもなる。

大まかに説明するとこうだ。

この街に来る前に付き合っていた二人。

ある日、元カレは夢を追って上京をすることにした。

翼もついて行きたいと言ったのだが、元カレは『ゼロからスタートして頑張りたいから…』と言い別れを切り出した。

「それなりにショックだったしスゴい引きずったんだよね、一応…」

そう言う翼も心機一転を決意し、地元からおよそ二時間くらいは掛かるこの街へと引っ越すことにしたらしい。

「私の住んでたとこ田舎だったしさ、彼が居なかったらもともと卒業後はこっちに来たいと思ってたからね」

それが上京からわずか一年…。

早々に元カレは挫折し帰って来たというのだ。

「情けない話だと思わない?で、やり直したいだってさ…。そんな都合のいい話ある?私だってそれなりに吹っ切るのに時間掛かったしさ、やっぱり彼氏だったんだから応援だってしてたんだよ?それが何よ!」

10日ほど前に電話があったらしい。

「それでもさ…。やっぱ好きだった奴だし…嫌いになって別れたわけじゃないし…。なんか頭ん中こんがらがっちゃってさ…。だからホントは会いたくなかったんだよね」

それが半ば強引に向こうが『そっちに行くから一度会ってくれ』と押しかけて来たらしい。

「でもね、行く前に歩の顔見たおかげで踏ん切りついたわ」

「えっ、なんで?」

「ん…?」

しばしの無言の後に…

「なんでだろうね…?なんか、おかしくてw」

「はっ?」

「いや、歩の挙動って見てるだけで笑えるんだよねw」

「いや、けなしてるよね?それただdisってるよね?しかも理由になってなくね?」

「ごめんごめんwまぁ、そうだね…。歩の顔見たらさ、私には私なりの一年があったことに気付いてさ。ほら、過去って振り返るとさ、一気にその時の色に染まっちゃう感じってない?それよ、それ」

「いや、どれだよ?」

「もう!説明が難しいの!その辺はニュアンスで察してよね!」

とまぁ、そんなこんなな理由で会ってすぐ追い返したらしい。

「勝手に居なくなって勝手に戻って来たのもアイツだしね」

俺にこの一件は話すつもりはなかったらしく、戻ったら何食わぬ顔で俺の部屋のインターホンを押すつもりだったらしい。

「話してしまった今となってはね、話してスッキリしたような気もするけど」

そう言った翼の表情はやっぱりどこか悲しげにも見えた。

そして走らせていた車はとある海岸に着いた。



波打ち際に佇む彼女に「ほらよ!」と缶コーヒーを放った。

「あっ、ちょっと──!」

───ポチャン

缶コーヒーはそのまま波に消えた。

「あー!ちょっ、ちゃんとキャッチしろよ!」

「いや、無理だから!暗くて見えないし、変なとこ飛んでるし!」

「んだよ、もう!」

「てゆーか手渡しで良くない?投げる意味が分かんない」

「よくドラマとかでこういうシーンあるじゃん?やってみたかったんだよ」

「場所考えてよね!」

「うっせーなぁ…。ほらよ」

俺は自分の分の缶コーヒーを差し出した。

「え?いいよ…歩飲みなよ」

「いや、いいよ。やるよ」

「じゃあ一緒に飲む?」 

「いや、いいわ!黙って飲めや!」

明らかに動揺した俺を見て翼はニヤニヤしていた。



「静かでいいべ?」

「うん…」

「俺もな、よく滅入った時とかはここに来てたんだよね。中学までこの近くに住んでたからさ…」

「そうなんだ…」

じっと海の遠くを眺めている翼。

「俺、ガキの頃からスゲぇ海が好きでさ。音とか匂いとか…。なんか落ち着くんだよね」

「うん…分かるかも。こういう気持ちで海に来るの初めてだからさ…」

「あ、そういやさ…俺の独断と偏見による心理テストっぽいのがあってさ。“海が好きな人は愛を選ぶタイプ”で“空が好きな人は夢を選ぶタイプ”っつーのがあんだよ」

「えー何それw」

「意外にこれ友達とかに言うと確かにそうかもって評判なんだよw」

「えー?じゃあ歩は海好きだから愛を選ぶタイプなの?」

「もちろん!愛と勇気の男ですから。俺のイニシャルAIだし!」

「信じらんなーいw恋愛とか超疎そうなのにw」

「失敬な奴だなw」

「その理論で言うと空派の私は夢なんだ?」

「そっ。だから俺は俺でお前から恋愛話が聞けて意外だったのよw」

「んーでも今日で海も好きになったかも…。ねぇ、これ両方好きな人はどうなの?」

「あ?そんなもんお前…ただの欲張りだよ!」

「なにその投げやり感w」

「二兎を追う者は一兎をも得ずだよ」

「なんか腹立つw」

「いや、2択で両方とか言うのは反則───あっ…!」

「ん?」

「さっき落とした缶コーヒー戻ってきたんじゃね?」

「え、嘘っ?」

「いや、マジで…ほら!奇跡だ奇跡!」

返す波の上で揺れる缶コーヒーに俺は手を伸ばした。

「冷たっ!」

ホットで買った缶コーヒーは春の海の水温ですっかり冷えていた。

「それ…飲むの?」

「まぁ…開けてなかったし問題はないだろ…」




ずっとずっと…
もしかしたらと感じていたことがこの日、確信に変わった。

俺はこいつのことが好きだ──って。

でも言えなかったんだ。

最後の最後まで。

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