Fly a Letter to the Wind~シクラメン
「あっ…」
そう言って彼女──
翼はスーパーの一角にある花屋の前で立ち止まった。
ちなみに彼女といっても恋人なわけではない。
そんな、鉢花に歩み寄る翼の様子を見て俺は半ば呆れ口調で言った。
「お前、ホント好きだな?その花…」
「え?」
「いや、去年も一昨年も同じことしてっからね?」
そう、翼のこの行為は
もう毎年恒例になりかけている。
「そうだっけ?」
わざとらしい返事をして
微笑む翼。
「だってさぁー、綺麗だと思わない?」
「別に…。俺に花を愛でるという情はないし…」
「なに?その悪役っぽい台詞!」
翼の指す花はシクラメンという花で
冬になると良く見かけるようになる。
「てゆーかさ、毎年思ってたんだけど
そんなに好きなら買えば良くね?」
「うーん、そうなんだけどねぇ。
でも手元に置いちゃうとちょっと違うんだよなぁ~」
それを聞いた俺は多分
「はっ?」という顔をしていただろう。
翼は説明する。
「要するにさ、たまたまどっかで見かけて
“あぁ…もう冬なんだなぁ”って感じるじゃん?
なんかそれが良いなぁ~って思うの」
「ふーん。でもその前にクソ寒くなってるし
初雪も済んでんじゃん?
雪降った時点でもう冬って感じじゃね?」
「あ~もう!風情が分かってないね~!
雪とシクラメンとじゃまた違う感覚なの!」
「そ、そうですか…」
「そうです!」
「あ、でも知ってる?シクラメンの和名って“豚の饅頭”っつーんだって」
「えー、何それ?」
「いや、たまたまネットで見たんだけどさ──」
ちなみにたまたまじゃなくて調べた。
去年の今頃に調べてたんだけど約一年間ずっと話すキッカケがなく温めてきたネタだ。
「──さすがに豚の饅頭はないと思わない?」
「えー、可愛いじゃん!」
「いや、可愛くはねーべ?豚だよ?しかも饅頭だよ?せめて“獅子の鬣”とか“虎の縞柄”みたいな感じの方がカッコ良くね?」
「ごめん、そのセンスよく分かんないわw」
「百歩譲って豚はありでも饅頭はねーべ?だったら“豚の真珠”とかさ…」
「いやいや、豚に真珠のパクりじゃん!それにちゃんと理由があるからそういう名前がついたんでしょ?例えば………」
そう言ってシクラメンを観察する翼。
「花弁が豚の足跡に似てる…とか…?」
それを聞き俺も今一度シクラメンを見る。
「………いや、似てるか?仮に似てたとしてもそれなら“豚の足跡”で良くね?饅頭はどっから来たのっつー話だよね?」
「うーん、確かに…」
俺と翼は改めてじっくりとシクラメンを見直すが…
「なんでだろうね?」
「うーん…なんでだろうな?」
って感じで結局は答えを見出だせなかった。
確か調べた時に由来も読んだ記憶はあるのだが一年も前に見たものだから忘れてしまっていた。
「あ、そういえばさ…」
その代わり俺はもう一つシクラメンにまつわる話を思い出した。
「シクラメンってあんま縁起のいい花じゃないらしいよ」
「え、どうして?」
「シクラメンの“シ”と“ク”が“死ぬ”と“苦しむ”を連想させるからだって。だから見舞いとかではタブーな花らしいよ」
「えー!なんかいかにも日本人っぽい発想!」
「何でよ?」
「だって海外だったら別に“シ”と“ク”でそういう連想しないじゃん?」
「まぁ…そう言われればそうだよな…。あ、でもな?赤い花が血をイメージさせるっつーのもあったよ?これは万国共通の縁起の悪さじゃない?」
「あぁ~それは海外でも言いそうだね~」
「だべ?」
「でもそんなこと言ったら赤い花なんていっぱいあるしキリなくない?シクラメンだってピンクとか白とか色々あるし」
「まぁそうなんだけどそれプラス“死”と“苦”があるからね?トータルするとやっぱイマイチ──」
イマイチ縁起的に良くない花なんだよ、と言おうとした時だった。
背後から咳払いがした。
振り返ると笑顔なんだけど目の笑っていない店員が…。
(や、やばい)
「あの、お客様…」
「は、はい」
「あまりここでそういう話をされると売ってる側として気分の──」
「あ、いや…あの…買いますよ…!」
店員が言い切る前に俺は言った。
「実は買う気満々ですから!ねぇ?ホント、いや~綺麗な花だ!ねぇ?」
チラチラッと翼の方に助けを求める視線を送ったが、翼は笑顔で“どうぞどうぞ”というポーズをしていた。
そして───
俺はシクラメンを買った。
「ちゃんと大事に育てなさいよ~」
店を出た後、おちょくるように翼は言った。
「てゆーか高くね?5000円とか泣きそうなんだけど」
「そう思うんならわざわざ買わなきゃ良かったのに。しかも縁起の悪い赤…」
「うっせーよ。なんか赤買わなきゃなんねー雰囲気だったじゃん!」
「変なとこで律儀すぎんのよ。まぁ、そういう部分が歩の良さでもあるんだけど…でもダメなとこでもあるよねぇ~」
「結局プラマイゼロじゃねーかよ」
「でもさ、シクラメンって多年草だから来年も咲くんだよ。来年歩の部屋に遊びに行ったら不覚にもそこで冬を感じちゃうかもねw」
「不覚ってなんだよ?上等だよ!じゃあ来年絶対お前に不覚とらせてやっからな!帰ったらシクラメンの育て方を調べて立派に育ててやるわ!」
「あ、じゃあついでに“豚の饅頭”の由来も調べといてよw」
なんてことなく通り過ぎてく11月の下旬───
このなんてことない日常が俺は好きだった。
恋人じゃなくても翼は俺の日常に当たり前に居た。
そして、そんな当たり前にずっと甘えていた。
今はまだ、この関係のままで良いと…。
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