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桜の木の下で出逢った女の話 第3話


ゴールデンウィーク最終日の
午後3時を過ぎた頃、俺は公園へ向かった。

もちろん抵抗はあったが、
架純が『来てくれるまで待ってる』なんて言いやがるから
取りあえず待ち合わせ時間だけ決めて行くことにした。

しかし桜がピークのこの時期。

人が多い。

俺は人混みってやつが嫌いで、
いつからそうだったのかは分からないが、
やはり学校でハブられるようになってからは
ハッキリと人混みが嫌いと思えるようになった。

そもそも学校の奴に
出くわしてしまう可能性だって高いだろうし。

俺は目立たぬようにと
黒のジャージ上下に黒のキャップを目深にかぶり、マスクも着用した。

これで架純に接近し、
気付かれなかったら変装バッチリだろう。




「逆に目立ちますよ?」

俺の変装は何の効果も為さなかった。

しかも俺が架純を見つける前に見つかってしまうというダメダメな結果。

「ちょっと怪しい人みたいですよ?」

しらっと言われた俺は
「あの、もう帰るわ…」といじける。

「いやいやいや!ごめんなさい!嘘です嘘です!」

「いや、だって現にバレたじゃん…」

「私の勘が鋭いねんって!普通は誰も気付かへんて!」

「………」

「どうしました?」

「あ、いや別に」

出会った時にも覚えた違和感だったのだが、
架純は無理して標準語を話そうとしているように感じていた。

と言ってもこっちの訛りも大概なんだが。

「とにかくせっかく来たんですから!
目立ったとしても研一くんとは分かりませんから!」

相変わらず強引な架純につい従ってしまう俺。

「あ、でも警察に職質とかされるかも知れへんから上着は脱ぎましょう!」

「うっさいなー、もー!
結局怪しい人扱いじゃんか」

俺はブツブツ言いながらも
取りあえず上のジャージを腰に巻き、マスクをポケットに入れた。



「お腹空きません?」

少し散歩したところで架純が言った。

「まぁ、空いたっちゃ空いたけど」

「良かった!一応作ってきたんですよ!」

架純はそう言うと小さなレジャーシートを広げる。

そして「サンド・ウィッチ!!」と妙に発音よく
手作りのサンドイッチを取り出した。

「お口に合わないということはないと思いますよ!天下のサンドウィッチですからね」

「なんだよ?そのサンドイッチに対する絶対的な信頼は」

「嫌いですか?」

「いや、好きだわ」

「ですよね?知ってます?
サンドイッチを嫌いな人は1割いるかいないからしいですよ?」

サンドウィッチからサンドイッチに発音が戻ったな…
なんてどうでもいいことを思う俺。

「問題は何を挟むかですよねぇ。
具材に嫌いな物入ったらあかんし」

「あぁ、まぁ確かにな」

「王道のタマゴ、ハム、レタス、ツナ、チーズ、トマト、カツ!
この辺を挟むのがベターかなぁーなんて思いましてね」

「うん」

「でも考え出すとキリがないんですよ。
タマゴアレルギーやったらどうしようとか、
野菜が嫌いやったら、とか」

今さらだけどこいつスゲー喋るよな。

「いや、大丈夫だよ。全部食べれっから」

「あ、ほんまですか?さすがサンドウィッチ伯爵!!!」

「ぷッ!」

ここで俺は思わず吹き出してしまった。

「なんで笑うんですかー?」

「あ、いやごめん!なんか可笑しくなって」

一人で喋りまくってる架純を見てたら我慢できなくなってしまったようだ。

というか誰かの前でこんなふうに笑ってしまったのはどれくらい振りだったかな。

なんだか久し振りに人といることが楽しいと思っていた。




架純の会話はほとんど途切れることを知らない。

これが関西人なのかな、なんて偏見だとしたら架純のせいだ。

すぐ帰るつもりだったはずの俺も
気付けば架純のペースに巻き込まれ
陽が傾く時間帯になっていた。




「またこうしてこの景色を眺める日が来るんですかね」

桜の花を見上げながら寂しげに呟く。

「なんか思い出しちゃうな。
向こうでお別れした時のこと」

そう言うと架純の表情は
いつもの笑顔に戻っていた。

この時のこのセリフ、このシーンは
妙に頭の中に残っていたのだが
その時の俺はあまり深く考えていなかったんだ。

「なんかタイムスリップした気分ですね。
あ、そうや!もしタイムスリップ出来るとしたら
研一くんはいつに戻りたいですか?」

「タイムスリップか。
そりゃやっぱ中1の冬だな」

「中1の冬…?
どうしてですか?」

「俺がこういう状態になったキッカケが
その頃なんだよ」

「あ、ごめんなさい。
別にそういう意味じゃなかったんです…」

「いいよ。全然隠す話でもないし、
やっぱ知っといてもらわないとな。この先のこともあるし」




それは俺が中学1年の頃の
12月に起きた出来事。

俺の学年には
亀田という厄介な不良がいた。

亀田には3つ上の怖くて有名な兄貴がおり
簡単に説明すると
その兄貴の力を後ろ楯にやりたい放題なのだ。

当時の2年や3年の不良も亀田の兄貴を慕っていたため
亀田はその弟として可愛がられていた。

だから亀田としては怖いものなんて何もないって感じだったのだ。

クラスの違った俺は亀田と関わりこそなかったものの
その噂は度々耳にしていた。

俺はバスケ部に所属していたのだが、
事件は部活中に起こる。

その日は雪混じりの雨が降る薄暗い日だった。

体育館は他の部の使用日だったので、
バスケ部は階段や廊下を走ることになっていた。

その時に部活仲間の一人が帰ろうとしていた不良グループにぶつかってしまう。

そしてその相手が
よりによって亀田だったのだ。

「痛ってーな!テメー!」と必死で謝る部活仲間に対し
執拗に因縁をつけてくる亀田。

やがて軽く小突き出し
土下座しろと要求する。

下校時間で人の流れも多く
軽い見世物状態だった。

他の部活仲間や先輩ですら
何も言えずに見ていることしか出来ない。

さすがに見るに耐えなくなった。

別に正義感とかそういうんじゃなかったんだ。

ここまで傍観していた俺も薄情者だろう。

ただ単純に亀田の行為に苛ついただけなんだと今は思う。

「もういいだろ?そこまでする必要あんのかよ?」

俺が亀田にそう言うと
「あ?なんだオメー」と亀田の矛先は一瞬で俺に向けられた。

「コイツの友達だよ。ぶつかったのは悪かったよ。
もうコイツも十分謝ってるんだから許してやれよ?」

「あ?なに生意気言ってんだテメー!」

亀田が俺の胸ぐらを掴む。

「なんだよ、放せよ」

俺がそう言うと同時に亀田の拳が俺の腹にめり込み、
俺はお腹を押さえながら前屈みになった。

そして亀田に髪の毛を引っ張られ…。

ここで俺にもスイッチが入ってしまった。

亀田は兄貴あっての地位を築いているのは確かだが、
それなりに体格もよく人を殴り慣れてるんだろうとは思った。

が、俺も小学生時代に
3年間テコンドーという武道を習っていたため、
腕っぷしには自信があった。

結果的に俺は亀田を叩きのめしてしまう。

しかも大勢の生徒が見ている前でだ。

これが亀田のプライドに障ってしまったのだろう。

その時は部活の仲間内でヒーロー扱いされたが
程無くして状況は一変する。

数日後に俺は亀田の兄貴に連れ出され
ボコボコにされた。

抵抗しなかったわけではないが
中1と高1の力の差は歴然だった。

顔をボッコリ腫らして後日登校。

それは亀田に逆らったらこうなるという見せしめのような感じになった。

それから俺に話しかけてくる人間は徐々に減ってきた。

部活でも俺は浮き出し
ある時パスが全く来ない日が。

体育館入口に目をやると亀田が立っていた。

帰り支度をしていると、あの時助けた部活仲間が声をかけてきた。

「助けてくれたせめてもの恩で言うけど、
亀田がお前と話したりしたら同じ目に遇わせるって言い回ってるんだ」

せめてもの恩だと?

苛っときたが納得はした。

薄々感じていたことだったから。

亀田の兄貴にボコられたあの日、亀田は最後に言っていたんだ。

「お前を学校に来れなくさせてやるからな」と。

俺を孤立させようってことなんだろう。

次の日俺はバスケ部を辞めた。

間もなく冬休みに入り、俺はそのほとんどを田舎の祖父母の家で過ごした。

新学期になれば何か変わるかもと淡い期待も持ったりしたが、何も変わらなかった。

ただどんなになっても
学校には行き続けてやろうと思った。

休んだら負け、なんてつまらない意地だった。

2年のクラス替えでは亀田と一緒になる不運に。

これで俺の孤立は決定づけられた。

最初のうちはちょいちょい嫌がらせもされたが
気持ちは“いつでも相手になってやる”という強い気持ちでいた。

一方で同級生や上級生はともかく、
新入生の1年までもが何となく俺を避けてるように感じたが
それは噂が一人歩きし始めた結果だった。

“2年の花谷研一と関われば不幸になる”



 

「っつーわけで今に至るわけよ。
これが俺にまつわる噂であり、真相ってわけさ」

「なんか理不尽な話ですね」

「まぁ今となっちゃもうどうでもいいとも思ってるんだけどさ。
でももしタイムスリップしたらさ。
俺がでしゃばらなかったら違う結果になったのかなーなんて思ったりもするよ」

「あの、実はですね、研一くんの噂知ってたんですよ」

「えっ?」

「こっちに来てすぐ聞かされましたよ。
“3年の花谷には関わらない方がいい”って」

「じゃあ何で?」

「もう都市伝説ばりですよね!
“花谷の視界に入ったら惚れられてストーカーされる”ってのも聞きましたよ?」

「なっ!ちょっ!マジかよ?」

笑いながら話す架純だが、俺には笑い事じゃなかった。

俺の噂はそんなレベルにまで達していたのか?

別に誰にどう思われようが無視されようが今さら平気だと思っていたが、
実際そういう目で見られてるとしたらそれはそれで結構ショックだった。

「お前、そんな噂聞いててよく俺と一緒にいるな?」

「噂だけの頃はやっぱり…
ちょっと気持ち悪い感じの人を想像してましたけどね…」

と言い、俺をチラッと見る。

「ちょうど今日最初に来た時の感じ?」

イタズラな笑みを浮かべる架純。

今日の感じ?

黒のジャージ上下に黒のキャップ、マスク…。

なるほど、気を付けようと思った。

「冗談ですよ?」

多分ひきつっていたであろう俺の表情を見てフォローする架純。

「でもあの日初めて会った日に色々と覆されましたよ。
覚えてます?『俺に関わらない方がいいよ。不幸になるみたいだから』って言ったの。
その時にこの人が噂の花谷さん!?って実はスゴいビックリしてたんですよ」

「そうだったの?ポーカーフェイスだな」

「だから逆にどうしてこんな人がこんな目に遭ってるんだろうって思いましたもん。
でも今聞いて思いました。
やっぱり研一くんは私の思ってる通りの研一くんで、
ただ優しくて不器用なだけの人なんやなぁって」

この言葉を受けて俺はちょっと泣きそうになってしまった。

架純は続ける。

「あ、でも友達になりたいと思ったのは同情とかそういうのではないですよ?
なんかビビビっと来ただけですから」

ビビビ?

ドキッとした。

架純がどういう意味で言ったのか
その真意は分からないが何やらドキッとしてしまった。

そんな俺のドキドキを知ってか知らずか
架純は慌てて「あ、そういう意味ちゃいますからね?」と付け加える。

あっさり否定されて少しガッカリした俺だが
その時ふと気付いてしまう。

どんどん殻を破ってくる架純の存在が
どんどん俺の中で大きくなってることに。

そして、その一方で不安も。

俺のせいで
架純の学校生活に何か影響が出てしまうことになったらどうしようという不安が。





空はすっかり薄暗くなり
ライトアップされた桜の木がとても綺麗だった。

架純が通行人に写真を撮ってくれるようにお願いする。

そして───

桜の木を背景に
ぎこちない笑顔の俺とおどけたポーズの架純が収まった。


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