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桜の木の下で出逢った女の話 第1話


一人暮らしに向けて荷造りをしていた時のこと。

ただの物置と化していた
机の引き出しの奥の方に可愛らしい封筒があった。

何年振りに目にしただろうか。

それは封印するかのように
目の届かないところへと追いやったもので───

忘れたくて…
でも忘れられない大切な思い出の綴じてある封筒だった。

何とも言えないドキドキに見舞われながら
その封を開ける。

そこには
一通の手紙と一枚の写真が同封されており───。

俺は当時のことを思い出す。




話は中学時代まで遡る。

中学の頃の俺は
一言で表すと“ぼっち”ってヤツだった。

まさに黒歴史ってやつで
本来なら振り返りたくもない過去になっていただろう。

だが、そんな日々に彩りを与えてくれたのが他でもない
手紙の差出人である長瀬ながせ架純かすみだった。

架純との出会いは中学3年の4月下旬。

もうその頃には
ぼっちで過ごすのもすっかり慣れていた。

学校の近くには
桜の名所とも言える大きな公園があり、
その日の放課後は何となくその公園を通って帰っていた。

すると何やら
足元をキョロキョロと見回しながら歩いてる女の子が目につく。

落とし物でもしたのだろうか。

少し気になり、
俺も何となく自分の足元を見回してみる。

が、よくよく考えると
その子は同じ学校の制服だったため、
俺は関わらない方がいいと思い直した。

というのも俺のぼっちは
校内では知らない人がいないと言っても過言ではないほど有名なものだったからだ。

去年は
『2年の花谷研一と関わったら不幸になる』とか『呪われる』『殺される』なんて噂まで広まっていたようだし。

今年は2年の部分が3年に変わって噂が続いてゆくのだろう。

とんだ腫れ物扱いってやつだ。

そんな俺なわけだから、
関わらずにそのまま立ち去ろうとしたのだが。

木陰に落ちているストラップが視界に入ってしまった。

っぽい…。

なんか探してる物っぽいじゃねーか。

探してる物ほど見つからず、
探さないと思った物に限って見つけてしまうのが常ってやつで。

そもそも性格なんだろうな。

見つけてしまったのに放っておくのは抵抗があった。

何よりその子がストラップからどんどん離れた方へと移動している。

このままだと見つけられるかさえも怪しい。

仕方ない。

サッと渡してサッと消えるか。

俺はストラップを拾う。

ハートの片割れの可愛らしいストラップ。

彼氏とペアの物か何かだろうか。

なんてどうでもいいことを考えつつ
「あの、探してるのってコレかな?」
と、それを差し出した。

「あ、そうです!ありがとうございます!」

よっぽど大事な物だったんだろうな。

ホッとした様子でお礼をしてくれた。

「じゃあ」

そんな彼女に俺は無愛想に背を向けると
「あ、あの!」と呼び止められた。

足を止め「何?」と、これまた無愛想な俺。

「同じ学校…ですよね?」

そう訊いてくる彼女。

「多分そうじゃない?かえで中だけど」

俺がごもごも言葉を返すと
「やっぱり!3年生ですか?」
と急に笑顔を見せる。

俺は思った。

噂は知ってるけど顔は知らないってパターンかなと。

「あ、私は2年生なんですけど実は───」

「ごめん。俺に関わらない方がいいよ。俺に関わったら不幸になるらしいから」

彼女の言葉を遮るように俺は言った。

噂を知っている奴なら
これだけ言えば十分だろうから。

「じゃ…」

笑顔の消えた彼女に再び背を向ける。

「……何ですか?それ?」

その言葉にまた俺の動きは止まってしまった。

「え…?いや、だから…」

この時俺はかなり動揺してしまっていた。

理由は幾つかあったのだが順を追って説明する。

まず1年の冬頃から俺に話しかける同級生はいなくなった。

そして2年にもなると
上級生や下級生までもが俺を見て、
ひそひそ話をしたり避けるような感じになった。

ある日クラスの誰かが
わざとらしく大きい声で言っていた。

「花谷と話したらヤバい目に遭うから気を付けろよー!」と。

多分そういう話が、
どんどんどんどん尾ひれをつけて学校中に広まったのだろう。

そんなこんなで
学校の奴とは誰とも接することがなくなって早1年。

だから普通に話しかけてくる彼女に驚いたってのが一つ。

そして二つ目が
2年生なのに俺の噂を知らないこと。

新入生ならまだ分かるのだが、
去年は本当に全校生徒に空気扱いされていた感覚だったから。

で、最後に一番動揺した理由がコレ。

『何ですか?』という彼女の問い。

自分で自分の噂を説明するとか考えたこともなかったからだ。

クエスチョン顔で俺を見つめる彼女。

「明日学校で友達にでも聞けよ」

そう吐き捨てた。

「え、なんて聞くんですか?」

「いや、だから…」

これを説明したら噂を説明するのと同じことだ。

「つーか何で俺のこと知らないんだよ!?」

「そんな有名人なんですか?」

「いや、有名人っつーか…」

もう会話のやり取りが意味不明だ。

「悪い意味で有名なんだよ」

「悪い…不良なんですか?」

「いや、不良とかじゃないけどさ!
とにかく3年とか2年ならほとんど知ってるハズなんだけど逆に何で知らないの!?」

「だって私今年こっちに転校してきたばかりですもん」

それは盲点だった。

確かにここまでの僅かな会話の中でも
イントネーションに違和感はあったから、
この土地の人ではないと言われれば納得だ。

ただ、それにしたって
面白可笑しく噂は伝染すると思っていたから知らないのは意外だった。

とはいえ俺が今でも
腫れ物及び空気扱いされてることに変わりはない。

俺と接したことで
今度はこの子がイジメにでも遭ったりしたら責任は取れん。

「とにかく俺とは関わらない方がいいんだよ!」

ちょっと言い方がキツくなってしまった。

彼女にそんなことで当たったってなんのことかさっぱりだろうに。

そして束の間の静寂が流れる。

俺はバツが悪くなり謝ろうとしたその時だった。

「ひどいやん!知らない土地に転校してきてまだまだ不安いっぱいなのにそんな冷たいこと言うなんて!」

「え?いや、え?」

なんだいきなり?

「北海道は寒いけど人の心は温かいって聞いてたのにぃ!」

「いや、それはさ…」

急にまくし立ててくる彼女に俺はすっかり戸惑っていた。

「ストラップ拾ってくれたから優しい人やと思ったのにぃ」

「いや、だから悪かったって…ごめん!ごめんって!」

「もうええもん」

ここで『この子は関西出身なんだな』とか思ったりしたのだが、
それよりもこの場をやり過ごすのに俺は必死で。

「悪かったって。どうしたら許してくれる?」なんて聞いていた。

「んー。でもどうせ聞いてくれへんし…」

「いや、聞くって!じゃあ一回だけ何でも聞くから!」

「ほんまに?」

もう完全に彼女のペースだった。

「うん、ただしお金が掛からなければな?」

すると彼女は急にニコッと笑い「それでしたら───」

信じられないことを口にする。

「私と友達になって下さい」




これが長瀬架純との出会い。

4月下旬───。

桜の蕾が少しずつ膨らみ出した頃だった。

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