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桜の木の下で出逢った女の話 第4話


5月下旬。

クソつまらない修学旅行を終えて最初の土曜日、
校区の外れにある公園で架純に会った。

架純の家はこの公園の近くのようで
あと少しズレていれば違う中学校だった。

ふと思う。

もし架純が違う中学校の子ならもっと楽だったのにって。

後にこの懸念は現実になるのだが
それはまたその時に説明するとして
少し俺の修学旅行について触れとく。

ぼっちの俺はもちろん欠席したかったが
親に心配はかけたくなかったので行くしかなかった。

何が大変かっつーと班分けなんだよな。

当然俺は余るから。

「空気読んで欠席しろよ」
っつー声も聞こえてくるぐらいだ。

一人には慣れっことはいえ
正直こういうのは泣きたくなる。

修学旅行そのものは退屈でしかなかったが
一つだけミッションが課せられていた。

『お土産よろしくー』
という架純からのメールがそれだ。

そして、その日はそのお土産を渡すために
会うことになっていたのだ。





「北海道ってゴキブリ出ないんですよね?いいですよねぇ」

「いや、全くいないってワケじゃないみたいだよ?見たことはないけどさ」

お土産を渡した後に適当な雑談が始まる。

「梅雨もないんですよね?」

「あー、そういえばないのかな?」

「いいですねぇ~」

「そうか?俺は雨好きだから梅雨とか歓迎だけどな」

「えー?信じられへんしー!雨のどこが好きなんですか?」

「どこっつわれてもな。本能としか…」

「何でちょっとかっこよさげに言ってるんですか?」

「いや、別にかっこつけてねーし!」

人との対話から遠ざかっていた俺だが
架純とは自然に話すことが出来た。

上手く説明できないんだけど
なんていうかコミュニケーション不足で
人との話し方を忘れていたっていうのかな?

他人と世間話をするイメージっていうの?

そういうのが失われていたと思っていたのだが
架純と話していると自然と口から言葉が出てくる。

要するにアレだ。

架純と居ると自分らしく在れる。

そういう感じだ。

「なんかようやく暖かくなってきたなぁって感じですね」

北海道の5月はまだまだ昼夜の寒暖差が激しい。

「大阪と感覚が違いすぎて調子狂いますわ」

「んなこと言ってたら冬死ぬぞ」

「それやねん!怖いのは!雪が楽しみのような寒さが怖いような…」

「まぁ人間は環境に慣れるっつーから大丈夫でしょ」

俺もぼっちにすっかり慣れちまってるしな。

「耐えれへんくなったら温めて下さいね…」

「なっ───!?」

「冗談ですやん」

「………」

まぁ、至って平和に日々は流れていたんだよ。

この頃までは。





6月某日。

この日はショッピングに連れ出されていた。

こうして連れ出されるのも
修学旅行のお土産以来二度目になる。

ちなみに前回はカラオケに付き合わされた。

必死で抵抗したのだが
なんやかんや押し切られて行くハメに。

一曲目を歌う覚悟を決めるまで
一時間ほど費やしたが
歌ってしまった後は俺の中の何かが吹っ切れたものだ。

『カラオケ最高!』
なんて心の中で思ってしまったくらいだった。

話を戻そう。

大阪の友達にこっちの食べ物を送りたいから
案内よろしくとのことでデパートへ。

「何が有名なんですか?」
なんて聞かれたが
正直イカが名物ってことしか分からん。

「イカ送るんですか?生物なまものじゃないですか?」

「誰も生のイカを買えとは言ってないよ。ほら、このイカ墨ロールケーキとかいんじゃね?」

「おぉ、黒いですね。美味しいんですか?」

「食ったことないから分からん」

「ネタとしてはありかも。個人的にも食べてみたいな」

「あとはモロに地名のついたもんとか?ほら、このカレーとか」

「レトルトカレーって、私のセンスを疑われますよ!」

そんな感じのやり取りの後に
架純は直接店員に人気商品を訊いていた。

そしてチーズオムレットとかいう
地元民の俺が知らないものを買っていた。

俺を連れ出した意味なくないかと思った。





店内のカフェで休憩する。

「喫茶店といえばコーヒーやん」
とか言いながらコーヒーにミルクや砂糖を
たくさん入れる架純を見て
「ふっ」と鼻で笑ってしまった。

「なんで鼻で笑うんですか?」

「いや、別に深い意味は」

「お子様やなってバカにした笑いやな、今のは」

「まぁ…」

「自分だってクリームソーダ頼んどるクセに!」

「うっせ」

と、そんなクリームソーダを飲み干し
俺はずっと疑問に思っていたことを架純にぶつけてみることにした。

「てかさ、なんでわざわざ俺を誘うの?」

そう、花見にしてもカラオケにしても今回の買い物にしても
普通は友達と行けばいいようなものだ。

別に“架純が俺のことを好きなんじゃないか”とか
そんな自惚れた考えを持っていたわけじゃない。

ただ何となく心配になったんだ。

「だって友達やし…」

何となく歯切れの悪い言い方をする架純に
疑問は深まってしまったが
反面あまり聞くべきことじゃなかったかもとちょっと後悔した。

そんな時に事件は起きた。

一番恐れていた事件が。





「おい、あれ花谷じゃね?」

「あ、マジだ。つーか女連れ?」

「ちょ、しかも女可愛くね?」

同学年の不良グループに属する男三人に見つかってしまったのだ。

「もう出るぞ」と架純の腕を掴み
そいつらの横を素通りしようとする。

が「ちょいちょい待てよ花谷!」
と井上が絡んでくる。

井上は体が小さいが態度がデカい
とにかくうるさい奴だ。

「その子誰なんだよ?もしかして彼女とかか?」

「関係ないだろ!放っとけや」

そう言って井上を突っぱねると
今度は「なんだその態度?」と泉。

泉は動けるデブってヤツで
喧嘩は学年一強いと言われている。

「親戚だよ。こっちに遊びに来ててお土産買うのに付き合ってたんだよ」

我ながら咄嗟の嘘にしては上出来だと思った。

このグループのリーダー格である山下の視線が
土産袋に向いていたので
やり過ごせそうかと思ったのだが。

「なんか見たことあるんだよな…」

と架純の顔を見て言う。

その発言に色んな意味でヤバいと感じた。

というのも山下は女にモテる上
かなりの遊び人らしいのだ。

「架純、お前先に帰ってろ」

俺は小声で架純に言った。

「でも…」

「巻き込みたくないから…」

「なにボソボソ喋ってんだよ」

割って入ってくる井上。

「つーか俺に何の用だよ?」

段々と俺も苛つき
荒っぽく言い返していた。

「別に用なんてねーよ。ただ面白そうなネタが転がってるから拾おうと思ってな」

と井上。

それなんだよ、厄介なのは。

仮に他の奴らに見つかったとしても
絡まれはしなかっただろう。

後日噂になるかは別としても
しょせん噂で済みそうなものだ。

“花谷が女とカフェにいた”

架純のことを知らない限り
“女”を架純とは断定されないし
知っていたとしても違うと言い張れば何とかなりそうなものだ。

しかしコイツら不良は別だ。

自分らを偉いと思ってるから平気で絡んできやがるし
接触して確かめにくる。

「だからただの親戚だって。別にお前らが面白がることなんてねーよ」

俺はそう言って架純の背中を押し立ち去ろうとしたのだが。

「お前さっきから口の利き方が生意気だな」

と泉に背後から襟を引っ張られる。

俺はそれにカチンときてしまった。

「口の利き方?なんでテメーに口の利き方云々言われなきゃなんねーんだよ?」

「なんだお前?ちょっと来いよ」

「架純、先帰れ!」

もう完全にやる気スイッチが入っていた。

が、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか
「嫌や。一緒に帰る」と俺の服を強く引っ張る架純。

「はっ…?」

「それに親戚ちゃうし。友達やし」

「な、お前バカ──!」

「喧嘩なんてしたらあかんし」

俺と架純が言い合ってると
「なにゴチャゴチャやってんだよ!」
と泉が俺の胸ぐらを引っ張る。

そこに山下が割って入ってきた。

「待て。確か2年に大阪から転校してきた女がいるって聞いたな。お前のことか」

「───!?」

山下のその言葉に背中がざわっとした。

架純の正体がバレてしまう。

「おい、こいつは関係ないぞ!」
と慌てて俺が言うと
「今日は見逃してやるよ。場所も場所だしな」
と山下。

「な、なに企んでんだよ…?」

「別に…」

山下の目線が俺ではなく
架純を向いていたので胸騒ぎがしていた。

「行くぞ」と山下が泉に言うと
「お前は覚えとけよ花谷。ぶっ殺してやるからな」
という捨て台詞を残し去っていった。





架純の家の近所の公園。

そこまで二人無言だった。

架純の無言は珍しかったが
多分俺が険しい顔で考え込んでいたから
気を遣ってくれたのだろう。

夕焼け空がやけに邪魔臭く感じる。

俺はベンチに座った。

「なんで逃げなかったんだよ。なんで友達って言っちゃうんだよ」

吐き捨てるように放った第一声だ。

「逃げてもその場しのぎにしかならへんと思ったんやもん。それに研一くん喧嘩しそうな勢いやったし」

「その場しのぎでもいいんだよ。後で何とかなるかもしんねーだろ?」

「喧嘩したらあかんやん」

「………」

確かにやる気満々だっただけに
そこは何も言い返せなかった。

「相手三人もいたし。やられちゃったら嫌やん」

俺は黙りこんでしまう。

「それよりもさ…」

「ん?」

「初めて架純って呼んでくれましたね?」

いつものおどけた笑顔の架純。

俺は思い出し、恥ずかしくなっていた。

実はこれまで架純のことを
ちゃんと名前で呼んだことはなかった。

どうしても恥ずかしかったのだ。

しかし、今回は状況が状況で
切羽詰まってたせいもあってか無意識に呼んでいたのだ。

「なーに照れちゃってるんですか~」

「うる、うるせーよ」

またすっかり架純のペースだ。

「それに済んだことはもう仕方ないじゃないですか」

「まぁ確かにそうだけどさ」

「さっきの続きなんですけどね…」

「ん?」

「ほら、なんでいつも研一くんを誘うのかって話」

「あ、あぁ…」

「仲のいい友達いないんですよ」

「え?」

薄々思ったりもしたことだが
改めて聞くと衝撃だった。

架純は社交的だし明るいしよく喋るし。

だから余計に信じ難かった。

「転校してきて、最初普通に大阪弁で喋ってたんですよ───」

架純の話を要約するとこういうことだ。

大阪弁の珍しさもあってか
最初はたくさん話しかけられていたらしい。

が、その可愛さもあってか
男子からの興味も凄かったらしい。

本人の口からは出てこなかったが
俺が察するに軽いモテモテ状態になったのだろう。

特に2年の中でも一番人気ある男子に
告白されたという噂が女子の嫉妬を買ったとか。

たまたまトイレで自分の陰口を叩かれてるのを聞いてしまった。

『大阪弁ムカつく』みたいな。

それで標準語を意識して話すようにし
なるべく当たり障りない感じで
学校生活を送るようにしていたらしい。

「無視されてるとか、そういうんじゃないんですよ。ただ表面上はそうやけど裏ではどう思われてるか分からんしな。だから必要以上に踏み込むのがちょっと怖なって…」

そんな時に俺と出会ったらしい。

「なんか失礼な言い方かも知れへんけど似た者同士やなって…」

「いや、レベルが違うけどな?架純がレベル1だとしたら俺はレベル10ぐらいだし」

とは言ったものの
架純は架純でそういうのを抱えていたんだと思うと
正直胸が痛くなった。

もしかしたら明日には
俺と同じレベル10に達してしまうかも知れないわけだし。

それが何より怖かった。

「研一くんと知り合えて、友達になれて、ほんまに良かったと思ってる」

「な、なんだよ急に」

「心配してるんですよね?明日からのこと」

「そりゃまぁ…」

「研一くんみたいになったとしても状況は大して変わらへんし。あんま気にせんでええと思いますよ?」

「いや、そうはいかないだろ?」

「研一くんがいてくれれば大丈夫やし!」

それは本音なのか強がりなのかは分からなかったが
健気に笑う架純を見て俺の想いは加速してゆく。

とにかく架純を守らなきゃ───

なんて思った。





「じゃあね」
と家路へ歩いてく架純を見送りながら
俺の胸中は明日への不安でいっぱいになっていた。

あと少し架純の家がズレていたら
違う学校だったら
こんなことにはならなかったのにな。

数週間前に感じていた懸念が
この日、現実になった。

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