見出し画像

桜の木の下で出逢った女の話~第6話

ちょっとした余談になるが
7月から俺は朝刊の新聞配達をやることになった。

不正行為でバレたら
法的にもヤバかったらしいのだが
経緯を説明すると叔父…
細かく言うと母の妹の旦那さんが
新聞屋の職員だったので
もし可能なら新聞配達をやらせて欲しいと
俺は中2の頃からずっとお願いしていた。

が、今は色々と厳しくて
中学生の新聞配達は許可が降りづらいから
高校まで待てと言われていたのだ。

そこで俺はある提案をした。

母親か叔母が名前だけ配達員として入って
実際は俺が配達するってのはどうだろうかと。

しつこい俺の提案に叔父も渋々承諾し
所長や他の所員がOKしてくれたら
やらせてやると言ってくれて
ようやく採用が決まったのだ。

一つだけ注意されたのは
『あまり目立たないように』ということ。

要するに端から見て
中学生だと思われないようにしろってことだ。

俺は身長も高かったし
中3も高1も
見た目にさほど大差ないだろうと思いつつも
素直に頷いた。

そして夕刊は学校の人に見られる可能性が
高いってことで朝刊配達になったのだ。

配達コースは中学生の俺のために
少なめのとこを用意してくれており
まずは覚えるために
1週間前任者と共に配達して回った。

そして偶然か必然か
そのコースの中には
架純の住むマンションも含まれており
ふと俺は気付いた。

そういえば架純が
何階のどの部屋に住んでるか知らないし
それどころかまだ苗字聞いてなくないかと。

「そういやさ、架純の苗字って聞いてないよね。名前で呼ぶの定着したら教えるって言ってなかったっけ?」

あの騒動の一件以来
架純を名前で呼べるようになったし
“毎夜のメール”に“時々電話”も加わった。

「そういえばそんな話しましたね!すっかり忘れてましたよー」

電話越しにケラケラ笑う架純。

「長瀬です、長瀬架純」

ふと、今朝の新聞配達の記憶が蘇る。

「長瀬?303号室…?」

「え?なんで分かったん!?」

ヤバい、思わず口からポロっと出てしまった。

「あ、いや長瀬って303号室っぽくね?」

「いやいや、それは無理ありませんか?」

ですよね。

「いや、実はさ…」

仕方ないので俺は事情を説明した。

そして
「え~!凄いやん!今度私にも手伝わせて下さいよ~!」
と、予想通りの言葉が飛んで来た。

絶対こう言うような気がしたから
秘密にしておきたかったんだよ。

「一応俺も内緒でやってるからさ」

「ええやん別にぃー」

「いや、バレたら色々ヤバいしさ」

「ちょっとぐらい大丈夫やって!私の方が研一くんより器用やし!」

「どういう意味だよ!?」

「中学生っぽく見えなくしてくればええんやろ?任しといて下さい!」

「………」

そして、どんなに抵抗しても
結局押し切られるんだよな。

見習い期間が過ぎ
一人立ちの時が来た。

労働基準法では
18歳未満は朝5時以降からじゃないと
働いたらダメらしく
万が一のために俺も5時以降からの行動を
義務付けられていた。

俺のコースは部数が少ないので
普通に回れば一時間も掛からないというのだが
初心者の俺はまだ不安だったので
取りあえず4時半に行った。

ルールは守れと注意され
5時まで出してもらえなかった。

チラシの量にもよるが予想以上にパワーを使う。

自転車で基点となるところまで行き
そこから新聞を凡そ半分に分けてから配って回る。

架純の家はちょうど中間地点で
5時45分くらいに到着。

ポストに新聞を入れると部屋から架純が出てきた。

「おはよー、遅かったですね」

寝起きドッキリ並みの声量で話す架純。

「4時半に行ったんだけど5時まで出してもらえなくてさ」

架純につられて同じ声量で話す俺。

「てゆーか研一くんのその格好!プッ!」

俺を指差して笑いを堪える架純。

「花見の時と同じやん!?あーヤバいお腹痛い!」

「だ、だって…!」

「分かってます分かってます!取りあえず降りましょう!」

マンションから出て
ようやく普通の声量に戻り
「あー、変にツボりましたわ~!」
と笑いが収まった様子の架純。

「気持ちは分かりますけど、逆に怪しいですからね?」

まるで花見の再現だ。

俺の変装は馬鹿の一つ覚えのように
黒のジャージ上下に黒のキャップだった。

それに比べ架純は
顔さえ見えなければ20代に見えても不思議ない雰囲気だった。

「オカンの服借りたんですよ」

得意気な表情を見せる。

「いや、顔見えたらアウトだからな?」

ちょっと悔しかったが
そう言ってやるのが精一杯だった。

架純に地図を見てもらいながら回ったのだが
余計なお喋りもあってか
あまりスムーズにはいかなかった。

配り終えてから架純を帰し
俺はタイムカードを押しに販売所に戻る。

6時30は過ぎていた。

“7時まで帰ってくれば大丈夫”
みたいな決まりなのだが
前任と回ってた頃は6時には終われていたので
何件からか『今日遅いですね』と電話があったらしく
「もう少し頑張って早く回れ」と注意された。

「架純のせいで大幅に遅れたからな」

「え、でも私の家に来た時点で20分くらい遅れてたやないですか?」

その通りだ。

「休みとかはいつなんですか?これ毎日やと結構キツいですよね?」

「あー、なんか休刊日が月に一回と、あと毎週一回休みがあるかな。曜日は毎月ズレてく感じだったと思う」

ちゃんと時間内に回れるようにと
その日の夕方地図を見ながら
朝刊コースをチェックしていたのだが
架純に見つかってしまったのでそのまま公園で話をしていた。

「今日の授業中眠くてヤバかったですわー」

確かに。

新聞配達始めてからは
ただでさえ早かった就寝時間がさらに早くなった。

「夜とか8時になると眠くてしゃーないもんな」

「園児ですやん!」

「うっせーよ」

「でもアレやんなぁ?1ヶ月分のバイト代で目的達成しちゃうじゃないですか?」

「まぁ、そうだな」

「モチベーションとか大丈夫ですか?朝とかしんどくなるんちゃいます?」

「うーん」

月給は大体3万弱ぐらい。

親に2万やるとしても1万円くらいは手元に残る。

実はずっと欲しいものがあった。

バスケットシューズだ。

バスケ部は辞めたが、バスケはやっぱり好きだったので自宅前でドリブル練習は結構していた。

いつだったが、パソコンの動画で
ストリートボールのトリックやハンドリングを見たのだが
それがかっこよくてそういう練習もするようになってきた。

部活で使ってたバッシュはボロボロになり
サイズも小さくなったので
普通の外履きを履いていたが
やはりバッシュが欲しい気持ちはあった。

しかし部活を辞めた身で
買うと軽く1万以上する物を欲しいとは言えなかった。

だから何が何でも自分でお金を稼ぎたかったのだ。

他にやることもなかったし。

「まぁお金はあって困るもんじゃないしな」

「それはそうやけど、学生の本分を疎かにしたらあかんで?」

「なに先公みたいなこと言ってんだよ。つーか架純は何か欲しいもんとかないの?」

「えっ?買ってくれるんですか!?」

「いや、聞いただけだし」

「なんやねん期待させといて!」

「参考までに聞いといてやる」

「んー、そうですねぇ」

考える仕草を見せる架純。

「でも今はアレですね。物より思い出が欲しいですね」

「思い出?」

「そっ!だから色々連れてって下さいよ」

「いや、色々っつってもなー。この街大したトコないし」

「海とかええなぁ!」

「海?」

「大阪いた頃は海が遠くてあまり行ったことないんですよ」

「まぁ、そんなん全然いいけどさ」

「自転車二人乗りとかで行きたいですねぇ」

「え?チャリだと結構遠いぞ?」

「だから良いんじゃないですかー!分かってないなぁ」

何が良いのかは正直今でも分からん。

「しかも二人乗りって、警察に見られたら怒られんぞ?」

「んー。でも二人乗りとか憧れやったからしてみたいんやもん」

そんな架純の表情を見ると
何だか胸がチクっとしたのを鮮明に覚えている。

「俺のチャリ立ち乗りしかできないけど大丈夫?」

「いいんですか?」

「一回でも警察に見つかって注意されたら終了だぞ?」

「やった!分かりました!」

駄目なことは承知しています。

「これから夏休みやし、お祭りとか花火とかイベント盛り沢山ですね!」

そういうイベントは人混み嫌いの俺には
あまり好ましいものではないはずだったのだが。

「楽しみですねぇ」

まぁ架純と一緒ならいいか、なんてね。

「あ!胆試しとかもええなぁ?」

「はっ!?」

「なんかそういうスポットとかあります?」

「いや、ねーわ!知らねーし!」

「なんやねん?急に大声出して」

「はっ?意味分かんねーし」

「意味分からんの研一くんの方やしな?」

「とにかく胆試しとかはないわ!あり得んわ!」

「………あぁ。そういうことですね…」

「いや、何が?どういうこと?」

「はいはい分かりましたよーだ」

「………」

架純に振り回される夏休みが始まろうとしていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?