ハナモゲラ

春になると土が笑うんです。長年連れ立った妻の最後の言葉だった。1番好きな季節に旅立った妻、秋と冬を見送りまた春がやってきた。

突き刺さるような空気がにわかに和らいできて、日差しが我が家をやわらかく包む。
抜け殻だったわたしを勝手にあたためる。
取り憑かれたように、半分無意識に庭に出ると、サンダル越しに感じる土の固さが冬のそれとはあきらかに違うのがわかる。
収縮のあとの筋弛緩。
ふと、学生時代の授業を思い出す。

天気がよい日には、背中を丸め屈んで庭を手入れしていた妻。例に倣ってわたしもそうしてみる。指2本でつまんだ土は、少しでも力を抜くとほろほろと崩れ落ちてゆく。思い立ち、納屋に丁寧にしまわれていた花の種を3つ、ぱらと蒔いてやると柔い土が半分ほど飲み込んだ。
上からうすく土を被せるうちに、思いのほか自分が熱中していたことに気づく。バツが悪くなり、家に戻ろうとする途中に振り返ると、ついさっきまで手をかけていた場所には歪な三つ山。

「芽は、いつ、出るだろう」

返す言葉はもちろんないのに、浮かんでいる太陽はほんの少しの期待を見透かしている気がした。

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