食べもねんたる36

故郷納税ならぬ故郷モーゼ―が導入されたので日本中の海が騒がしい。
 瀬戸内海だろうが伊勢湾だろうが、パッカンパッカン割れ放題だ。

 これに困ったのが瀬戸内海の海産資源の皆さんだ。
 こう日に何度もパッカンパッカンやられたのではおちおち村上水軍ごっこもしてられない。
 抗議はどこにしたらいいだろう、国かモーゼ本人か?

「俺でもいいけど、ヘブライ語だぜ?」

 尋ねたモーゼの返事がこう。
 よし、国にしよう。今のん関東弁だったけどなんかやばいから国にしよう。
 国だ国だと言ってはみたものの、どこに相談したらいいかが分からない。
 とりあえず普段お世話になっている農林水産省にお電話した。

「こんちわ」

「これは水産資源の皆さん。今日はどうしたの」

「モーゼさんのパッカンパッカンどうにかして欲しいんだよね」

 水産資源の抗議に農林水産省の窓口は口を尖らせる。

「えー、いいじゃん。モーゼ。ヒゲ長いし」

「ヒゲならナマズになんとかさせるから。後、俺達にはヒゲって名前のお魚だっているんだぜ?」

「いたな、ヒゲって魚。ヒゲのことなんだからヒゲになんとかさせたらいいのに」

「アンパンマンさんに『パンとしての職務を全うしろ』って言ってるみたいで気が引けるんだよね」

「いや、ヒゲのことはどうでもいいんだよ!話はモーゼのことでしょうが」

 タコが真っ赤になって軌道修正する。これは別に怒っているのではなく単に元から赤いのだ。

「うーん、普段中々手の出ない海底の掃除とかできて便利じゃない?」

「いや本棚とか冷蔵庫の後ろの乗りで言われても」

「せんのよ、海底の掃除。海流とかあってゴミ流されるから掃除要らんのよ、多分」

「マジで?それ、めっちゃ楽じゃん。住もかな、海」

「あなたは高級を貰っているだろうし、そのまま東京に住んでいなさい」

 農林水産省の窓口は追及に話が戻りそうなところで、素早くどうでもいい疑問を挟む。

「それにしてもモーゼってどこ住んでるんだろ?エジプト?」

「出エジプトした話があるから、エジプトではないだろ」

「あと、エジプトから瀬戸内海に通勤できないよ」

「じゃあ香川だな。香川のうどんって大量の水が流れてる様に見立てて作られたらしいし」

「そうなの?その割に全然水に似てないな。せめてマロニーにすればよかったのに」

「じゃあ、マロニー本社がある大阪府吹田市に住んでるべきだ」

「それもまた通勤大変だよ。なんでモーゼは水大好きな設定なんだ」

 この辺りから話が全然進まないので海産資源の皆さんはイライラしはじめる。
 タコも赤い。あ、今は怒っているし赤い。

「ちゃんと取り合ってくれないと、もうこれからダイバーに真正面しか見せないんだからね」

「えー、見える表面積が10分の1くらいになっちゃう!地味」

「地味とか言うなよ、傷つくよ。こうなったら生きたままスーパーに出荷されて大勢で店内を闊歩してやる」

「それは困る!床がびっちゃびちゃになる!」

「しかも『おっとっと』の隣に勝手に陳列されてやる」

「子供が気まずい!おっとっとに手が伸ばしづらい!」

「じゃあ、モーゼに交渉してくれる?」

「気は進まないけどしょうがないなぁ・・・」

 農林水産省の窓口はしぶしぶ了承し、海産資源の皆さんはよしよしと電話を切った。

 後日、窓口さんから連絡が来た。

「モーゼに抗議が来た旨伝えたらね」

「うん」

「『俺はいいけど、ヘブライ語だぜ?』って言われちゃって」

 水産資源の皆さんは「あー、やっぱそうなるかぁ」と口を揃える。いや何がやっぱそうなるかなんだ。

「だから『いいんならいいです。ヘブライ語でもいいです』ってさらに押したのよ」

「おお、なんて力強さだ。それで?」

「そしたら故郷納税は総務省の管轄だから『管轄外なんだから勝手なことしないで!』って総務省からむちゃくちゃ怒られた」

 あー、それは気の毒したなー。ごめんなーと水産資源の皆さん。
 ここで水産資源の皆さんは人見知りだったので普段付き合いのない総務省にまで抗議する気になれず、結局諦めた。
 
 それとは別に故郷モーゼ―は日に日に廃れていった。
 ようよう考えると誰の得にもならないからだ。

 故郷モーゼ―のだじゃれが気に入っただけでどこまで広がるかやってみたがやっぱりさっぱり広がらなかった。
 思い付きだけのネタはやるべきでないと猛省して筆を置く。モーゼだけに。

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