2023年度末

3月末。

3月が終わろうとしている。

今年の仕事は昨日納めた。

次年度は、結局今の時間今の給与、それ以上を望むなら、この仕事を辞めろ、と上司に言われた。


お前にできる仕事などこのくらいだということだと、わかっている。むしろ、今の業務に対してよく時給をもらえている方だと思う。


ボッスンの誕生日回を無性に見たくなって


SKET DANCEの46〜47話を観た。

やっぱり良かった。


こんなにまっすぐな人間に、


15歳でこんなに人を思いやれる人間に、


わたしもなりたかった。


ボッスンのような人を、好きになっている。


でも、わたしは、彼には見合わない。


わかっていて


だとするならもう、

誰かを好きになることも、誰かに愛されることも、

誰かと家族になることも、誰かと生きていくことも、

子どもをもつことも、


何もかも全てを諦めなくてはならないって

頭ではわかっているのに、


どうしてもまだ、と希望してしまう。

欲深い人間なのかなやっぱり。


UVERworldとQUORUMを、


永遠にリピートする3月末。


わたしは結局、


何にも変われないまま、


年度末を迎えてしまったんじゃないだろうか。


ボッスンみたいに、


人を助けられる人になろうと思ったら、ちゃんと行動起こせるような人間に、


なるべきだったんじゃないのか、


と、ボッスンの倍も歳がいってから、


気づいている。


この世の中に、わたしのいて良い場所が

どこにあるのか、見つからないまま30歳まで生きてきてしまった。


どこなら、人に迷惑をかけず、誰かのために、誰かに必要とされて、ちゃんと役に立てて、誰かを愛して誰かに愛されて、生きていける場所があるのか、今のわたしにはまだわからない。


それはすべて、わたしがボッスンみたいな人間じゃないからなのかしら、と思ったりしてしまう。


 尊敬する友人は、ボッスンみたいな人だった。


 今日は、ずっとQUORUMを聴いていたけれど、ふとUVERworldにかえたら、ENを流し始めた。


 Spotifyは、えらいね、わたしのこと、わかってるね、

 わたしも、ちゃんと、周りの人のこと、職場でちゃんと生きていけるためのこと、わかりたい。


 この1ヶ月間必要とされていないんだって、いろんなところで突きつけられたら、


 生きていて良いのかわからなくなってしまった。


 


#sketdance


わたしはずっと、消費の専門家のままで、


どこに行っても、だれといても、


生産の側にまわれないし、必要だといわれる人間になれない。


でも、そう思ってしまうことだって、

何にもできない癖して、わたしを必要として欲しい誰かにいたいくらいに抱きしめて欲しいっていうただの甘えなんだろうってこともわかっていて。


わかっている癖に、甘えたくて頼りたくて生きていて欲しいって抱きしめて欲しくて、
そういう自分にも嫌になった。


15歳のボッスンだって、


誰かのためになることを自ら行動してるのにさ。


幸せかどうか良かったかどうか

世界が広いかは捉え方次第。

願う以上に自分で変えろ、

そう、耳元でUVERworldが、叫んでいた。


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