細胞診断

細胞診断の話をしましょう。とはいえ、これもそれだけでひとつの1大学問をなしているので、僕が語ることができるのはほんの一部です。

細胞診断というのは、細胞1個1個の形態を見て良悪を判断します。すごいですよね。「すべての生物は細胞から」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。ベルリンの病理学者ウィルヒョウが言った、医学の世界では知らない者がないほどの有名な言葉です。彼は細胞こそがすべての生命現象の究極的単位であると考えました。とすれば、逆に、生命に起きたあらゆる現象は、細胞に反映されると考えることもできそうです。ここに、細胞診断の基礎があります。

コーネル大学の解剖学教授ジョージ・パパニコロウはモルモットの性周期と膣の細胞形態との関係を研究し、ヒトについても女性の性周期や子宮頸がんと膣の細胞形態との間に関係性があることを突き止めました。その後、パパニコロウは自らの名を冠した染色法である「パパニコロウ染色」を発明し、細胞診断でがんが発見できることを証明してみせました。そして、細胞診断は組織診断と並ぶ重要な病理診断法としてその地位が確立されたのです。パパニコロウ染色は、組織診断のHE染色にあたる基本的な染色法であり、今現在でも細胞診断では必ず行われる染色です。下に1例を示します。

HE染色では組織が紫とピンクで染め分けられましたが、パパニコロウ染色では、細胞が緑とオレンジに染め分けられます。人によってはHE染色よりさらに美しいという人もいます。確かに、緑とオレンジって互いの色が映える組合せですよね。

細胞診断とは言いながら、すべての細胞がバラバラなわけではなく、ある程度の塊をもって出てくるものもあります。ここでも手がかりになるのは組織診断と同じで細胞異型と構造異型です。細胞は生命現象を必ず反映していますから、組織レベルでの細胞異型と構造異型は、細胞にも必ず反映されています。ただし、細胞の見方は、組織の見方とは少し違い、独自の慣れが必要ですので、きちんとした診断ができるようになるには、それなりの修練を積む必要があります。

細胞は擦過(こすること)したり、吸引したりして採取します。組織の生検とは異なり、侵襲性は低いものが多いです。そのため、患者さんに優しい検査であり、外来でも気軽にたくさん行われています。しかし、それを最初に診断するのは、実は病理医ではありません。細胞診断はまず、細胞検査士によって行われます。細胞検査士とは日本臨床細胞学会が行う試験に合格した者だけが持つ資格です。一般には臨床検査技師がさらに専門性を磨くために、取得する場合が多いです。医師にも細胞診専門医というのがあって、取得にはやはり日本臨床細胞学会が行う試験に合格する必要があります。一般に病理医は、細胞診専門医と病理専門医の両方を取得することが多いです。

細胞検査士は、プレパラートを見て異常の有無を判断します。かなりの数の検体は良性です。その中で異常と判断された者だけが、ピックアップされ、病理医のもとに届けられます。そして、病理医と細胞検査士が一緒に検鏡し、本当に悪性かどうかを最終的に判断します。病理医のもとに届く悪性疑いのプレパラートは氷山の一角です。目に見えないところには、莫大な良性の標本があります。本当に細胞検査士の方々の仕事ぶりには脱帽しかありません。

ベテランの細胞検査士は、若い病理医よりはるかに知識と経験を有しており、診断能力も抜群に高いです。若手病理医が細胞診を勉強する際には、必ず細胞検査士の下を訪ね、細胞の見方を教えてもらいます。

細胞診断で悪性と診断された場合は、その後に、組織診断が行われることが多いです(同時に提出されることもありますが)。組織全体を見ることで、細胞診断の結果が正しかったかどうかを最終確認します。こうすることで、本当に検査の必要な人だけに必要な検査を選択して行うことができます。いきなり全員に侵襲の大きい検査をやるよりもはるかに効率的ですね。

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