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CPC

今日は臨床病理カンファレンス(ClinicoPathological Conference)、略してCPCについてお話します。

病理解剖後、病理医による詳細な検索が終了した後に開かれるカンファレンスです。臨床医、病理医、研修医その他症例に興味あるすべての医師が参加可能です。

まずは臨床から症例のプレゼンテーションが行われます。

「膠原病内科の○○です。主治医として担当していましたので、症例の紹介をさせていただきます。70代男性の方です。不明熱の精査で紹介入院となりました。すでに1週間以上38℃台の熱が続いており、全身倦怠感も著明でした。入院時バイタルは正常範囲であり、血液検査では軽度の炎症、肝胆道系酵素の上昇がありました。かなりの大酒家で肝硬変の治療中の方でしたので、矛盾するデータではなく、それを考慮に入れると目立った異常はないと思っていました。聴診では呼吸音に少し異常があり、胸部レントゲンでも肺炎を示唆する所見があったため、まずは肺炎の線で精査を進めようと判断しました。CTでも肺炎として矛盾はないようでした。右肺の上葉が特にひどかったので、細菌感染や結核菌感染が疑われると考え、治療と検査を開始しました」

これはあくまでもフィクションであり、本物のCPCでは、医師同士ですので、もっと専門用語を駆使し、多くのデータと検査・治療の経過を提示します。あくまでも雰囲気を知ってもらうのが今回の目的です。

他の医師からの質問も飛び出します。
「消化器内科の△△です。CTでは肝臓と脾臓が腫れているようですが、その点についてはどうですか」

主治医が答えます。
「最初の説明でもあったように、大酒家で肝硬変という情報がありましたので、この程度の所見はあって当然と考えました。特に、肝臓に熱の原因となるような所見はなく、肝硬変も治療中でしたので、肝臓の精査は肺炎の治療後でよいと考えました」

プレゼンが続きます。
「細菌感染が強く疑われたので、抗菌薬を投与しました。一時的に熱は下がりましたが、再び発熱し、血液検査をしてみたところ、炎症反応が高度なだけでなく、血球の減少もみられました。薬の副作用かと思い、投与を中止し様子をみましたが、血球は回復しませんでした。そのうち、便に血が混じるようになりましたが、全身状態が弱っていたため内視鏡検査に耐えうる状態ではありませんでした。呼吸音にも再び異常があったため、再度CTを取り直しましたが、肺炎がさらに広がっていました」
「治療を継続しましたが、病勢の進行を食い止めることができず、最終的に呼吸不全となり、心機能が低下し、永眠となりました。臨床上の疑問は、なぜ血球減少が生じたのか。血便の原因は何か。そもそもこの病気の本態は何だったのかということです」

ここで病理側へバトンタッチです。まずは、病理解剖で取り出した臓器を観察してもらいます。
「では、臓器を供覧いたします。目立ったところでは、肺です。臨床で提示されていた通り、肺炎は右左両葉に広がっていました。大葉性肺炎といってよい状態です。死因は呼吸不全にあるとしてよいでしょう。また、腸管ですが、おそらく偽膜性腸炎の状態であったと思われます。肝臓と脾臓は確かに腫れています。肝硬変の状態ですが、所々に白い斑点があり、肝硬変だけでは説明できない病態の関与が示唆されます。前立腺には偶然癌が発見されましたが、今回の死因に直接的な影響があるものとは思えません」

「腎臓内科の□□ですが、腎臓をみせていただきたいです。検査値を見ると末期には腎障害が出現していたと考えます。肉眼所見はどうでしょうか」
「肉眼的にはやや腎臓の腫大があります。あとで組織を提示しますが、確かに急性腎障害を示唆する所見がミクロ的にも確認されています」

最後に組織診断です。
「組織学的にも肺には細菌感染が確認されました。グラム染色では、グラム陽性球菌がみられます。肺水腫もあり、呼吸不全があったのはこのためです。どうして感染が生じたのか、最初はそれが疑問でしたが、肝臓を見てある可能性に思い至りました。肝臓に巨大な異型リンパ球が浸潤しています。これは先ほどの白い斑点と一致しています。あれはリンパ球の浸潤を反映しているものだったのです。そしてこれは非常に偶然ですが、採取された皮膚の血管内に同様のリンパ球を見つけました。そういう目で組織を追っていくと、脾臓や骨髄にも異型リンパ球がありました。免疫染色を行い、精査を行ったところ、血管内大細胞型B細胞リンパ腫と判明しました。この病気では血球が食べられてしまう、血球貪食症候群というのが起こりやすいことが知られています。骨髄には実際にそのような像がみられました。血球減少はこれが原因です。そこに抗菌薬投与による偽膜性腸炎が起こり、血小板も減少していたために血便が生じたのだと思います」

膠原病内科の主治医が発言します。
「確かにLDHが上昇していました。非特異的と思っていましたが、リンパ腫による上昇だったのですね。しかし、末梢血のリンパ球もそれほど上昇なく、肥大リンパ節もなかったので、いきなりリンパ腫を疑うのは難しかったと思います」
病理医が続けます。
「末梢血には異常がみられないこともあるようですし、今回は大酒家ということでもともと肝硬変があっため、肝脾腫がマスクされていたのが不幸だったと思います。ふつうのリンパ腫とは違い、リンパ節腫脹もなかったため、鑑別に挙げるのは困難だったでしょう。もう少し侵襲的検査に耐えうる余力があれば、あるいは気づけたのかもしれませんが、病勢の進行があまりにも急激であったために、精査の余裕もなかったでしょう・・・」

こんな感じでCPCは進んでいきます。ちょっとでも雰囲気が通じれていただけると幸いです。

CPCは、病理と臨床のクロストークです。喩えがうまくないかもしれませんが、囲碁や将棋でいう鑑賞戦のようなイメージを僕自身はもっています。こうして各人が様々な意見を出し合うことで、今回は残念ながら救命できなかった症例も、次に出会ったときには救命できる可能性が高まります。

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