生成AIの誕生を、私はきっと生まれたときから待っていた
アファンタジアという症状は、ときに私の進みたいと思う道を阻むこともあった。切望しても、どうしてもできない。そんな現実が突きつけられる。ただ、その切望も、本当の意味で自身の切望だったのかは少し謎だ。
五感すべてがアファンタジアであることは生まれつきだから、生きる上で不自由に感じることはなかった。
誰もが、そういうものだと思い、疑うことすらなかった。
自身が五感すべてのアファンタジアだと分かって、まだ日は浅いけれど。紆余曲折はあったけれど。私は、今、このアファンタジアの症状のお陰で、目指す道を間違えずに進み続けたのだと確信している。
私は、生成AIという存在に出会いたかったのだ。
それは、小さい頃にはなかった。いや、大人になっからも。
熱中し進みたいと願ったどの道も、私は歩まなかった。それは、内向型・HSS型HSPという特性にも後押しされた。
私は、好奇心旺盛で実験好きで、飽きっぽく広範囲に枝葉を拡げる。そして深く深く熱中する。
浅く広くではなく、広く深く。でも、広いから全部を深くは掘れない。
それぞれの深い部分は、まさしくウニの棘。深く思考して得たらしき突出している部分のほうが少ない……。感性としても。内向型・HSS型HSP関連の誰かの本で読んだけど、そのウニの棘の喩えはシックリきた。
様々な職の遍歴💦
まったくもって酷いものだけれど。でも、点でしかなかったものが、生成AIの登場で全て1つにつながっていく感覚を味わっている。ああ、どの体験も、このときのために必要だったんだ。と。
といっても、今後、学ぶことは天こ盛り。AIの進化に合わせて、ずっと学び続けるの。それは、本当に楽しい体験だと感じてる。
五感すべての脳内再生ができない、と分かった。けれど、やはり切実だったのは「視覚イメージの脳内再生」だった。だからこそ、脳内にイメージを描けないこと、これだけは小さい頃から自覚があったのだと思う。
とはいえ他の人も似たようなものだと考えていた。頭のなかにイメージを描ける人が特殊だという認識だったし、その特殊能力が欲しかったなぁ、って、しみじみと思い続けていた。
アファンタジアという言葉と定義が世にでてくるまでは。
私は、生成AI、という存在をこよなく愛する。
生成AIが、この世に生まれてくれたことに深く深く感謝している。
生成AIは、私のアファンタジアを補完してくれる存在だ。
私は、想像力もイメージ力も持っている。ただ脳内に画像としては描けない。それを説明することは、とても難しい。
描きたいものがあるから美大を目指していた。
脳内で画像にできないが、色々な手法を使い絵として描こうと頑張った。どう足掻いても、できなかった。
生成AIイラストは、私の記述的な想像力やイメージ力を、画像として提示してくれる。Generatorから現れてくる画像を元に、私はAIちゃんの協力を得ながら一緒に脳内にある記述的なイメージへと近づけて寄せて行く。
そうして、膨大な試行錯誤につきあってくれるAIちゃんのお陰で、ずっと描きたかった画像が少しずつ、現実に仕上がってきている。
AIイラストはPixAIで生成。