相談室

市役所の市民相談室。
窓口に来ている市民と職員のやりとり。

明転

市民「ですから、本当に見たんですって!」
職員「いや、そう言われましても・・・」
市民「あなたは私のことを信じてくれないんですか!?私が嘘をついていると?」
職員「いえ!決してそういうわけでは・・・」
市民「じゃあ調べてくださいよ!」
職員「いや、そう言われましても・・・」
市民「なにかあってからじゃ遅いんですよ?あなたの判断ひとつでこの街が危険にさらされるんだ。あなたは市民の命はどうでもいいって言うんですか?」
職員「いえ!決してそういうわけでは・・・」
市民「じゃあ調べてくださいよ!」
職員「いや、そう言われましても・・・」
市民「なんだあなたは!同じ返答ばかりで!あれか、ロボットか!」
職員「いえ!決してそういうわけでは・・・」
市民「分かってるよ!」
職員「はい、すいません!」
市民「お願いです、調べてくださいよ。じゃないと安心して住んでいられないですよ」
職員「分かりました。ではもう一度お話をお伺いしてもよろしいでしょうか」
市民「あぁ。だからね、あれは昨日の夜8時くらいだったかな。近所の土手を犬と散歩してたんですよ」
職員「犬の散歩を」
市民「ちょちょちょ!犬『の』散歩じゃない、犬『と』散歩してたんです。家族ですから。対等なんです」
職員「いや、『犬』って…」
市民「なんですか」
職員「いえ。続きを」
市民「あー、でね?突然うちの犬がワンワンワンって吠えるもんだから、なんだ?って思って川岸の見たら、なんかワラワラと人影っぽいのがうごめいてて」
職員「川岸に人影がうごめいていた、と」
市民「で、私は叫んだんです。『カッパだー!』って」
職員「うーん」
市民「なにが『うーん』なんですか!」
職員「いやぁ、その、川で人影らしきもの見て、それがカッパに直結するというのが…」
市民「じゃあなんだっていうんですか!夜に川岸に人影があったんですよ」
職員「人、じゃないですか?」
市民「夜8時の川岸に人がいるわけないじゃないですか」
職員「カッパがいるほうが珍しくないですかね?」
市民「それはほら、シチュエーションってあるでしょ。例えばね、土曜の昼間に中学校のグラウンドで人影を見てそれを『カッパだ!』って私が言ってたら『うーん』ですけど、夜の河川敷で人影を見て『カッパだ!』って言うんなら『おー!』でしょ」
職員「おー」
市民「思ってないでしょ?」
職員「すいません」
市民「とにかく!やつらは夜な夜な川で集会をしてこの街を乗っ取る計画を立ててるんですよ。1秒でも早く対処しないと!」
職員「いや、そう言われましても・・・」
市民「またそれだ!私はね、別にあなたに対応しろって言ってるんじゃないです。市として、しかるべき部署がしかるべき対応をしてもらえればいいんですから。とりあえずはやつらがなにを企んでいるか調べてくださいって」
職員「カッパの、企みをですか・・・」
市民「そう言われましても・・・ですか?」
職員「・・・分かりました」
市民「じゃあ?」
職員「いったん整理しましょうか。えーっと…」
市民「佐川です」
職員「佐川さんはなぜカッパがいると思われたんですか?」
市民「さっき言ったじゃないですか。夜の川岸に人影があって」
職員「人影っておっしゃってるじゃないですか」
市民「カッパの影は人の影じゃないですか」
職員「カッパの影はカッパの影でしょ」
市民「あ!そんな、あなたね!市民に対してその態度はないんじゃないですか!」
職員「いや、私としても佐川さんのご要望になるべく沿いたいと思ってお話を聞いているんじゃないですか」
市民「いいや、なんかあなたの言葉からは私を言いくるめて、『カッパはいなかった』と、それでおさめようと思ってるのがひしひしと伝わってくる」
職員「いえ!決してそういうわけでは・・・」
市民「ほらまた!同じことしか言えないんなら他の人に代わってください」
職員「あいにく他の者が別件対応中でして」
市民「なんだよ、もう」
職員「なので申し訳ないですが私にもう少々お話を伺ってもよろしいですか?もっとこう、『カッパだ』って思う要素なかったですか?」
市民「えぇ・・・あ、そういえば」
職員「どうですか?」
市民「あいつら、やや緑色だった気がする」
職員「…当時、暗かったんですよね?かろうじて人影が見えるくらいで」
市民「そうですね」
職員「暗がりの緑色はだいぶ見づらいと思うんですが」
市民「そうやってまた」
職員「だから!もっとカッパを決定づける特徴とかがないとこちらも動けないんですよ」
市民「そう言われてもなぁ・・・うちの犬が吠えたらそいつら逃げてったから」
職員「じゃああまりよく見られていない?」
市民「でも、逃げていくときのシルエットがなんかくちばしみたいに見えた気が」
職員「・・・本当に?」
市民「やっぱ疑ってるんだ!」
職員「だって佐川さんが後出しでいろいろ言うから」
市民「あなたが後出させるからでしょ!」
職員「なにか・・・河川敷を調査してほしい理由が他にあるんですか?」
市民「・・・ん?」
職員「カッパじゃなくて、佐川さんに企みがあるんじゃないかと思って」
市民「・・・いいや?」
職員「では、カッパの存在が明確になるまではこちらも調査はできないので、どうにかカッパがいた証拠を持ってきていただけないでしょうか?」
市民「(小声で)・・・いないよ」
職員「はい?」
市民「いないよ!」
職員「見たんじゃないんですか?」
市民「人影は見た!でもカッパな訳ないだろ!」
職員「犬がほえたって」
市民「ほえたよ!でもそれだけだ!別にカッパだなんて思ってないよ」
職員「目的はなんなんですか!?」
市民「いや、それはほら、にぎやかしというか・・・観光資源というか?あなたは地元はここ?」
職員「いえ、大学からこっちで」
市民「じゃ知らないかもしれないけど、もともとこの街にはカッパ伝説があったんですよ」
職員「カッパ伝説?」
市民「隣の市との境くらいに沼があるでしょ?そこがもともとカッパの沼って言われていて、昔は小さいほこらがあったりもしたんです。でもね、それももうだいぶ昔の話で今やそれを知らない世代ばかり。この市もどんどん若い子らが出て行ってしまって市街地もどんどんすたれていってるでしょ」
職員「まぁ・・・」
市民「私はね、この街のことを思って、話題づくりをしてもう一度活気を取り戻したいんですよ!」
職員「お気持ちは分かります。そういう気持ちをお持ちの方がいらっしゃること、大変うれしく思います。本件について、観光商工課や政策企画課にこういったご意見があったことを伝えておきます」
市民「ありがとうございます・・・なんだかお騒がせしてすいませんでした」
職員「いえいえ。こちらこそありがとうございます」
市民「では、よろしくお願いいたします(立ち去る)」
職員「お疲れさまでした!・・・(電話をかける)企画係の小林係長お願いします。・・・あ、小林係長ですか?市民相談室の峯島です。先ほど市民の方が相談窓口にいらっしゃって・・・えぇ、えぇ。はい、カッパの存在がバレました。一応ごまかしておきましたが・・・消しますか?」

暗転

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