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ニュースで学ぶFP1級実技|そごう・西武売却とDCF法

2023年9月、セブン&アイ・ホールディングス(HD)が、傘下の百貨店大手そごう・西武を米投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループに8,500万円で売却し、このファンドと提携する家電量販大手のヨドバシHDが、西武池袋本店の土地などを3,000億円で取得するというニュースが流れました。

売却に反対するそごう・西武の労働組合がストライキを行ったり、西武池袋の地元・豊島区がヨドバシHDの入居案に懸念を表明するなど、このニュースは広く世間の耳目を集めました。

ところで、この異例の売却劇には、FP1級実技面接で出題される重要な論点がいくつか登場します。

今回はそこにスポットを当て、経済ニュースを「FP1級実技的観点」から読み解いていきます。

※ 以下、FP1級実技面接に関連する論点にを付けました。

Photo by Peggy und Marco Lachmann -Anke via Pixabay

そごう・西武の全株式をたった8,500万円で譲渡

2023年9月1日、セブン&アイHDは、4期連続で最終赤字となっている100%子会社のそごう・西武の全株式(非上場)を米投資ファンドのフォートレスに譲渡しました。

譲渡価額はたったの8,500万円。

売上高5,000億円の大企業の株式が、信じられないほどの安値で売却されてしまったわけですが、まずはFP1級実技的観点から気になる箇所があります。

そごう・西武は「4期連続で最終赤字」。

配当も4期連続でゼロだとしたら、そごう・西武は★「比準要素数1の会社」に該当します。

株式の評価は純資産価額方式またはL=0.25の併用方式の選択となりますが、ここは外部の第三者への株式譲渡です。

相続税評価額ではなく、M&Aの株式評価法で評価しなければなりません。

セブン&アイHDの2023/8/31付のIR資料によると、そごう・西武の2023年2月末時点における総資産は4,028 億円、負債は3,761億円(うち有利子負債は2,938 億円)、純資産は267億円です。

セブン&アイHDはそごう・西武の株式譲渡にあたり、傘下の子会社からそごう・西武への貸付金916 億円の放棄を決定しました。

この債権放棄により、そごう・西武の負債は916 億円減り、一方で純資産は916 億円増えて、1,183億円となりました。

これだけの純資産があるのですから、M&Aの株式評価法のうち★「コストアプローチ」(時価純資産法など)であれば、さすがに8,500万円という評価になることは考えられません。

すると、ここは異なったアプローチでの評価法を採用していることになります。

インカムアプローチ(DCF法)による評価

セブン&アイHDの2023/9/1付のIR資料には、次のような記述があります。

本件譲渡によるそごう・西武株式の譲渡価額は、そごう・西武の企業価値 2,200 億円に対しそごう・西武及びそごう・西武の子会社(株式会社池袋ショッピングパーク、株式会社ごっつお便、株式会社八ヶ岳高原ロッジ、株式会社地域冷暖房千葉、及び株式会社十合)の純有利子負債や運転資本に係る調整、並びに株式会社セブン CS カードサービスの全保有株式(当社の完全子会社である株式会社セブン・フィナンシャルサービスが発行済株式の 51.0%を保有。)に係る調整を行い、最終的に確定いたしますが、本件譲渡の実施時点では譲渡価額を 85 百万円と見込んでおります。

以上の記述からすると、そごう・西武の株式は★「インカムアプローチ」のひとつ「DCF法」(ディスカウントキャッシュフロー法)によって評価されたものと思われます。

DCF法は、事業から生み出されると期待される将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて算出した額に、事業に供されていない非事業用資産の価額を加えたものを「企業価値」とし、そこから有利子負債の額などを引いて「株主価値」(=譲渡価額)を求めます。

そごう・西武の企業価値 は2,200 億円。そこから有利子負債2,022億円(2,938 億円-916 億円)と、その他運転資本に係る調整額などを差し引くと、結局、そごう・西武の株主価値は8,500万円になったということです。

百貨店事業の将来の収益力が低く見積もられる一方で、有利子負債の負担は重く、譲渡価額がわずか8,500万円になったものと見られます。
※もしセブン&アイHD側が916 億円の債権放棄をしていなければ、譲渡価額はマイナス評価。巨額の持ち出しがなければ、そごう・西武の株式は譲り受けてもらえなかったことを意味します。

西武池袋の土地などをヨドバシHDへ譲渡

そごう・西武の全株式を取得したフォートレスは、提携するヨドバシHDに西武池袋本店の土地などを3,000億円で売却しました。(2023/8/31 日本経済新聞より

たった8,500万円でそごう・西武の経営権を手に入れ、すぐに旗艦店である西武池袋本店の土地などを3,000億円でヨドバシHDに売却、その対価で有利子負債約2,000億円を返済しても、手元には約1,000億円のキャッシュが残る計算です。

そごう・西武の資産が3,000億円で売れるのなら、なぜセブン&アイHD自らがそれをしなかったのでしょうか?

それは、資産を切り売りするようなドラスティックな再編を、労働組合や豊島区など利害関係者が多い状況で直接に手を下すことは難しく、外部のファンドに頼らざるを得なかったからと推測されます。

西武HDへ譲渡承諾料108億円を支払う

実は西武池袋本店の敷地は、その約50%が借地で、地主は鉄道やホテル事業を展開する西武HDです。(敷地の残り50%がそごう・西武の所有地なのか、別に地主がいるのかは不明)

そごう・西武はその借地権をヨドバシHDへ譲渡することとし、地主である西武HDへ★「譲渡承諾料」として108億円を支払いました。(2023/9/28 日本経済新聞より

借地権の譲渡承諾料(名義書換料)は借地権価額の5%~15%が相場です。仮に10%だとしたら、借地権の価額は1,080億円ということになります。

ヨドバシHDには借地上の店舗も一体となって譲渡されているはずで、そごう・西武は★「リースバック」(売却して資金を得た後に同じ物件を賃借して入居し続ける手法)により、この店舗で売り場面積を縮小しつつ営業を継続することになります。

ちなみに、借地権と店舗を譲渡されたヨドバシHDが店舗の建て替えを行う場合は、地主の西武HDに★「建て替え承諾料」(更地価格の3~5%程度が相場)を支払う必要があります。

そごう・西武株売却の「承諾料」?

2023/11/9付のテレ東BIZは、そごう・西武株をフォートレスに売却する方針に難色を示していた西武HDが、売却前日の8月31日にセブン&アイHD側(※)から108億円の承諾料を受け取り、一転して売却を認めたと報じています。
(※)そごう・西武が支払った承諾料の原資はセブン&アイHDが負担しています。

もちろんこの「108億円の承諾料」は、借地権の譲渡承諾料なのですが、この記事は借地権がそごう・西武からヨドバシHDへ譲渡された事実については触れていません。

そのためこの記事は、「108億円の承諾料」が、あたかもそごう・西武株売却について西武HDから承諾を得るための「承諾料」だったかのような印象を与えかねません。

確かに投資ファンドへの売却に難色を示していた西武HDとの協議の中では、「承諾料等の詳細」についても話し合われており、売却への理解を得るために、承諾料の金額が調整された可能性はありますが、あくまでも承諾料は借地権の譲渡について承諾した結果、支払われたものというのが正しい認識です。

尚、この記事に「セブン&アイ側は、西武HDに対して借地権を譲渡しなければ法的措置に出ることもちらつかせていた」とありますが、これは★「借地権非訟」(借地権の譲渡を地主が承諾しない場合などに、借地権者の申立てにより裁判所が通常の訴訟手続によらず、簡易な手続で承諾を決定すること)を指しているものと思われます。

いかがでしたでしょうか。

この他にも、旧ジャニーズ事務所が事業承継税制(特例)を活用していたなど、実際の経済ニュースの中には、FP1級実技面接に関連する論点が時々登場することがあります。

常にFP1級実技的な問題意識を持ってニュースに接し、知識の定着と補強に役立てていきたいですね。

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