《cocolo》 旧型思考の破壊❣️👊
『言っていることとやっていること』
このお題をもらって、真っ先に思い出したのは、子供の頃から思っていたことだ。
「好き嫌いなく、なんでも食べなさい」と言われ、私は嫌いと言えず、我慢して食べていた。
しかし、目の前に嫌いなニンジン🥕を除けている父を見た👀‼️【どういうこと⁉️🤔】
「なんでお父さんは、ニンジン🥕を食べないの❓」と聞いてみると…
『お父さんだから』と、意味不明で、私には全く理解できない答えが返ってきた…
『嫌いだから』と素直に一言に言えばいいのに、子供の手前、カッコつけたのだろうか❓
誤魔化されている感、子供だからとバカにした態度、権力を振りかざす感がマジで許せなかった😤(笑)
嫌いと素直に言えない、天邪鬼で意地っ張り。
ずっと持っていた、父に対する印象だ。
一方、母は、父をたてて、その意見に従う、昭和感(❓)溢れる専業主婦。
父がいるところでは、『お父さんのおかげで、生活できるんだよ🤱』と言う反面、
父のいないところで、愚痴や文句を言っていた😫
言っていることとやっていることが『違う』
そんな両親を見て育った。
私は、父母に整合性がないと思い込んだ。
両親を信じられなくなり、疑うようになっていった。
長年、どんなことに対しても、整合性がないことが、とにかく一番嫌い🙅だった。
私は、そうならないようにしようとしてきたが… 整合性を合わせることに疲れたし、そうはならないと心底わかった。
私の頭の中の整合性にこだわり、それをなんとか頭で納得させ、整合させようとしている間は、絶対にみえないし、わからなかった…
『整合性にこだわる』
これこそが私のエゴ‼️
こだわっても全く意味がないことだったのだ‼️😱😱😱
『人間は、父と母の二つでできている』ってことを教えてもらった。
二つでできていることが、わからなかったし、半分好きで半分嫌いでよかったなんて、全くわからなかった。
父母を嫌った分、異常なぐらい好きだけの私でいようと思いっきり傾いていたのだ‼️
父母でできているのに、片側を完全に全部嫌っていた…
ということは…
整合性がなかったのは、まさかのまさか、私だったのだ‼️😱
日常のよくある、極々、些細な出来事。
だけど、私にとって、めちゃくちゃ根深いモノだった。
だけど‼️
旧型の私の思考は、木っ端微塵にキレイ、サッパリ、見事に吹き飛んだ(笑)
やったぁー‼️‼️‼️🤩😆🤩😆🌈✨❤️
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矛盾。どちらに付くかで、意見・心は変わる。
でも…本当はどちらも持っている‼️
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