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【今日もデニーズで】深夜の欠席裁判

 何らかの理由があって眠れない時とか、切羽詰まっていい加減ここで踏ん張ってこなさなければいけない作業があるときに、夜の街灯に伸びる影を踏みつつ、僕はデニーズに向かう。

 そういう時に注文するのは、ミニチョコサンデーがキャラメルパンケーキ、そしてフレンチトースト、この3択になる。ごくまれに超ハラヘリの時にハンバーグカレードリアを頼むこともあるけれど、とにかく身体が糖分を欲していることが多いのだ。

 その日、僕はフレンチトーストとドリップコーヒーを頼むと、他人に頼むに頼めないテープ起こしに取り掛かった。昼間は取材やら打ち合わせやら細々した差し込み案件やらで、まとまった時間を取るのがほぼ絶望的なので、必然的に後回しになってしまう。それでも「そろそろ限界だぞ」とキートン山田ボイスが頭の奥の方から警鐘を鳴らし、気分重いままでイヤフォンに意識を集中させようとする。それくらいテープ起こしは苦手だ。

 深夜1時をまわった喫煙エリアは、大抵PCで何やら操作している僕のご同輩か、夜更かしを楽しむ2人組がぽつぽついる程度なのだけど、その日は違った。僕の隣に女1人と男2人のグループがいて、白熱した議論を交わしていたのだった。両耳がイヤフォンで塞がれていて、結構な音量にしていても一言一句聞こえてくるくらいには。

 どうも女性はスナックのオーナーで、男性2人はその客らしい。いつまでも同じ箇所が聞き取れずに気分を変えようとコーヒーをすすりながら耳をそばたてると、どうやらオーナーの娘が高校に行かず、どう進路を取ったらいいのかの会議のようだ。「◯◯にはさぁ、留年は絶対ダメだって言っていたのよ?それなのに…」「だからね、ちょっと俺の話を聞いてよ」「いやいや、だからこのまま卒業しないって筋が違うでしょって言っているの!」「それはそうだけど、インタースクールに行くって言っているんだろう?」「若いうちに苦労しておいた方がいいという考え方もあるよ」「その前に◯◯はあたしと約束しただろうと言っているのよ」

 なるほど。欠席裁判か。それも被告は未成年、もしかして19になっているかもしれない。その進路を巡る話が、堂々巡りになっているわけね。僕はたばこに火をつけながら、20年前ならば休学とか留学とかで一年周囲より遅れるというのは大きなハンディキャップになっただろうが、さまざまなルートが用意されている今の子たちには今の子たちなりの考え方があるのかもしれない、それを大人に理解してもらうのがハードルとして一番大きいのではないか……などと脈絡もなく考えた。

 君の前途に幸あれ。不幸でも「幸」と書くけれど、「不」が抜けるように足掻いてみればいいさ。……などと顔も知らない彼女への無言でメッセージを贈ろうとして、隣席の堂々巡りに巻き込まれている自分に気づく。

 無論、この夜は4000字程度しか起こしが進まず、すごすごと撤退することになった。



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