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暮らし、難しすぎる

この記事で4週目。次でひと月。こうやって書いてみて気づいたけど、文章にしたい内容は色々あれど、それをまとまった形にするのは中々面倒。日記ならまだしも、コイツはnoteであってわざわざ他人に見に来てもらうものだから、自分にしか伝わらない内容を書くには自制心が働いてしまって難しいんだよナ‼️
面倒って言ったけど、ものを書くために自分と向き合う時間を取れる、そのこと自体が大事なのかもね、とも思う。

サラリーマンとなったぼくは、平日は業務スケジュールをギチギチにして忙しくしてるんだけど、そんな中で自分のGoogleカレンダーに「(予定あり)」の名称で予定を1時間程度突っ込んで、勝手にリフレッシュの時間にしている。散歩したり遠くを眺めたりする時間を、予定の一つとして時間確保してるわけです。
クライアントの打ち合わせとかと同じような顔して、散歩の時間が存在していると思うとちょっと面白い。いや、いかんのだけどさ。でもそういう風に、あたかも強制力があるかのような顔をして散歩というスケジュールを叩き込むということをわざわざやってるのは、業務に自分の体を飲み込まれないようにする自衛策だから許して欲しい。

こうやって書き出して思ったけど散歩の時間をスケジュールで管理されるのはちょっと嫌だな。割と嫌だな。相当嫌だな。散歩に限った話じゃないけどありとあらゆる生活は時間に管理されたくないって思ってるタイプで、部屋には当然時計なんて置いてないし、できることなら将来は日時計とか使って暮らしたいと思ってる部分もある。

こんなこと言う度に『モモ』を読み返すタイミングが来たんじゃないかと思う。小さい頃読んだっきりだから内容は覚えていなくて、灰色の男たちが時間を盗んでっていうのを覚えているんだけど、これは厳密に言うと覚えているというよりかは後から知って「読んだことあるから知ってるはず」ってなっているだけなので直接はなんにも覚えていない。もう一回読んでも初読の楽しみを味わえるってこと?ラッキーだね🤞筆が乗ってきた。こうなったらどんどん脈絡のないことを書きたくなってくる。最近は花に少し興味が出てきてる。本格的な花の知識がどうこうっていうのじゃなくて、通りすがった花屋さんで惹きつけられた花を買いたい。そういう出会いがいつあってもいいように今は花瓶を探しているところ。今年の夏もカブトムシ取りに行けずに終わってしまった。実は8月はカブトムシのピークの時期は過ぎてしまっていて、あんまり適していない。小学生の頃はこの時期夏休みの終わりを惜しんで予定を詰め込んだりしたなと思い出したり。あの頃って夏は休みが当たり前だと思ってたから疑問に思わなかったけど、父や母はよく休みを取って旅行に連れて行ってくれたものだなと思う。なんか文章にブレーキ効き始めてきたからここで終わり。今回はめちゃくちゃだったな!おやすみ!

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