性暴力とパリテ
北原みのり
私が「女性の権利のために闘う女性」の存在を初めて意識したのは、市川房枝さんが亡くなった日でした。10才の女の子にとって、「偉大な女性」といえばヘレンケラーとキュリー夫人しかいなかった世界に、身近にいそうなおばあさんが新聞もテレビで大々的にとりあげられることが驚きだったのだと思います。母や父に市川房枝さんのことを根掘り葉掘り聞きながら、カッコイイ! と翌日から大きな模造紙に「市川房枝新聞」なるものを1人でつくるほど市川房枝に夢中になりました。私にとって、「婦人参政権運動」は人生で初めて知った女性運動でした。
「性暴力とパリテ」という視点で、まっさきに思いついたのは、やはり日本の婦人参政権運動の歴史でした。日本の婦人参政権運動は、久布白落実さん等の廃娼運動をきっかけにはじまったものです。女性の性が男性の心身を癒すものとして商品化され、あたかも「男なら当然享受できる文化」として制度化され、都市に欠かせない「娯楽施設」として発展していった明治時代、「廃娼のためにも、女性が政治に参画せねば」という必死な思いで声をあげたのが婦人参政権運動です。
言うまでもなく、日本の公娼制度は戦時性暴力と一本の太い線でつながっています。戦後も、GHQが介入するまで公娼制度を止めることができず、男性の買春文化を自省することは一切なく、「慰安婦」問題からずっと目を背けつづけ被害者が求める真摯な謝罪と賠償を行わず、未だに若い世代の女性が性産業に簡単に巻き込まれ搾取されていくような現在と、久布白さんや市川さんが「女性が政治に参加しなければ変われない」と焦躁した100年前と、私たちはどれほど見えている景色が変わっているでしょう。
2019年フラワーデモを呼びかけました。明治時代に男性だけでつくられた男性に限りなく甘くミソジニーの深い刑法が、未だに私たちを苦しめています。あの時代を生き、参政権運動を始めた女性たちと、私たちは大して変わらない地平に立っているのだという事実にくらくらします。だからこそ、改めてこのような声の決意が必要なのだと思います。もう、私たちは待てない。虐げられてきた母、祖母、曾祖母、その母、、、口を塞がれてきた女性たちの姿を思いながら、このような思いを二度と下の世代にさせたくないという思いであげた今の#MeTooを、決してしぼませることなく、本気のジェンダー平等、本気のパリテを今の政治に求めたいのです。
日本のミソジニー、本気で変えましょう
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