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鴨居羊子のホームウエア

もう一つの衣服、ホームウエア』に書き忘れたことがあります。書き忘れたというより、意識的に書かなかったのかもしれませんが、少し後悔もしています。
私は30代後半で鴨居羊子の評伝『下着を変えた女―鴨居羊子とその時代』(平凡社・現在絶版)の初版版(1997年発行)を出しました。そこで「チュニック」の商品については、エポックメーキングだった初期のカラフルなナイロンの下着を中心にして、後年長く人気を得ているナイトウエア・ラウンジウエア(綿素材が主流へ)についてはあまり書くことをしませんでした。

店頭では「チュニック」のナイトウエア・ラウンジウエアが現在も販売されています。
それは鴨居羊子によって描かれたイラストを復元しているものですが、商品全体として、私の「チュニック」、いや鴨居羊子のイメ―ジとはあまりに異なるものなので、今回のホームウエアの本でも触れるのを避けたかったというのが正直なところです。
実は執筆当時、長年の鴨居ファン(チュニックファン)だった高齢の女性から、愛用していたナイトウエアを一箱送っていただいたということがありました。いくら鴨居ファンとはいえ、お会いしたことのない方が肌身に着けていたものを拝見するというなんとも後ろめたさがあって、ありがたく拝見させていただいた後に、捨ててしまったのです。初めて白状します、本当にごめんなさい。そういう記憶も、私が「チュニック」のホームウエアを今までなんとなく避けていた原因の一つにあるかもしれません。


きっかけは地中海40日旅行

私の手元に、「サマーソフト4世のために」というカラフルなパンフレットが残されています。これは「鴨居羊子・地中海40日間のヴァカンス」という枕詞がついたもので、会期は「1965年3月5日~10日」、場所は「大阪心斎橋そごう百貨店2階ギャラリー」とあり、同展示会で配布したパンフレットであることが分かります。大きさはA4より大きく、開くと3枚続き両面の観音開きになっています。

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仕事が順調に波にのり、鴨居さんは昭和38(1963)年に初めての海外旅行をしたのを皮切りに、たびたび海外に出かけるようになったのですが、その海外での体験がナイトウエア・ラウンジウエア強化に結び付いていくことが分かります。
考えてみるとこの分野というのは、ヴァカンスやリゾートの生活と深く結びついていて、鴨居さんは地中海周遊によって多くの触発を受けたに違いありません。
このパンフレットにも次のようにあります。

帰朝作品100余点
パリのスモッグピンク…ミカエルネグリ・セシールネグリetc
メキシコの真昼の太陽…テキーラネグリ・チャールストンドールetc
カサブランカの白い砂…サルタンピジャマ・アッサムネグリetc
ニューヨークのたそがれ…ブロードウェイネグリ・五番街ネグリetc

「スキャンティ」や「キキスリップ」に次いで、ネーミングをつけるのに才能を発揮している彼女らしい商品名ですね。

「地中海」といっても、その訪問地は多岐におよび、その工程は「コペンハーゲン→アムステルダム→マドリッド→カサブランカ→ニース→パリ→ミラノ→コモ湖→ローマ→チュニス→ニューヨーク→リオ→メキシコ」と、なんと13か所!
帰りの羽田で、スエードで作った眼帯をつけて飛行機のタラップを降りたという茶目っ気たっぷりのエピソードは、確か拙著の中に記したと思います。

数十年経て愛用のホームコート

このパンフレットがあるだけで、1965年の帰朝記念の展示会において、実際にどのような商品が発表されたか、その詳細な写真や資料は私の手元にはありません。
ただ、1990年代の評伝執筆当時、住まいの近くにあって親しくなった下着専門店(恵比寿にあった「ニャーゴ」)で購入したもの、また同店オーナーからいただいたものが何点か大切にしているものがあるので、ここではその中から代表的なものをご紹介したいと思います。

一つは、ピンクのタオル地プリントのハーフガウン(そう何度も洗濯を繰り返しているわけではありませんが、写真に撮るとくたびれているのが分かります)。
こういうプリントは最近あまり目にしなくなりましたね、
気持ちが明るくなるようなかわいいプリントをはじめ、ボタンやパイピングも凝っています。この短めの丈は何かと便利です。

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もう一つは、黒地にベージュのストライプの入った綿ビエラ素材のロングガウン(ハウスコート)。ゆったりしたボックスシルエットです。
鴨居羊子らしからぬ、チュニックらしからぬと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、こういうマニッシュな男っぽい表現も彼女は好きだったのです。

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これは私に似合うからと、恵比寿の店の店主の方が、「モダンでいいでしょ」といいながら私にくださったのでした。ここ数年は、外で軽く羽織るコートとして活躍しています。
偶然にも、今のファッションのトレンドとも合って、街で着ても違和感のないものとなっています。

松田駅ホーム

どちらも、当時から新製品というよりは何シーズンか店にあった在庫品だと思うので、作られてから30年以上、35年近くは経っていると思いますが、少しも古びた感じがしません。
このようにタイムレスでエイジレスな魅力に満ちたものを、かつての「チュニック」が作っていたことを少しでも伝えたいと思うのです。


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