帰郷日記

(2018年末-2019年始に書いた文です)

高校卒業までの18年間を過ごした実家を来春取り壊すということで、長めの冬休みを取得し帰郷することになった。手付かずだった僕の部屋には、戯言シリーズやキノの旅やNHKへようこそ!などのキモの根源が埃を積もらせていて、いつかは処分をせねばと思っていたがとうとうやらなきゃいけない日が来たようだ。

引越しの張本人達、父はというと新居に持ち込むためのイスを日曜大工するぞと息巻いており、母はシアタールーム用のどデカいスピーカー選びをしなきゃと言っている。二人とも現状あるモノの整理に興味がなさそうだった。聞けば「必要のないものは、引越し前に業者に買取か処分してもらう」とのこと。なるほど、それは楽でいい。

ダンボール詰めやら買取店への持ち込みやらの作業を想定していたのに、必要なものだけを保護するだけでよくなってしまった。実家に帰って早々、僕は半日でやるべきことを終えた。そうなると一転、娯楽のないこの町は退屈すぎて、嫌煙家の母のためにコンビニでタバコを吸ったり、長風呂ができないのに温泉に行き20分で出てきたりするしかなくなるのだった。

高校を卒業して数年が経つ。密に連絡を取っている友達もおらず、年始に企画されている同窓会くらいしか予定がない。元カノ連絡チャンスとも思ったが、元カノ警察が動くためそうもいかない。やることがない。リビングに持ち込んだPCで、うんこちゃんのPUBGを見ていたら妹2に「HIKAKINの荒野行動?」と真逆を言われるだけである。

このまま永遠にゴロゴロしている訳にもいかないので、運動不足を解消するために父の自転車を借り市内中をうろちょろする。慣れないクロスバイクのせいか、キツすぎる橋が多いこの町のせいか、単に不摂生のせいかすぐに息が上がってしまう。そもそも何故定年退職したおじさんがクロスバイクなんか持っているんだ。聞くと、父はポケモンGOを熱心にやっておりそのための足らしい。同じくポケモンGOにハマっている母をサイクリングに誘っても断られるとのこと。クロスバイクとママチャリのツーリングは見たことがないのでそりゃそうだと思います。

汗ばんだニット帽をカバンに仕舞い、立ち漕ぎで川をいくつか渡り、上着を脱ぎ、コンビニで2本タバコを吸ってから、近所の温泉施設に向かう。男女湯が毎日入れ替わるシステムらしく、昨日とは異なる風呂に入れた。ラッキーである。

夜、夕ご飯を囲みながら「今日は寒かったね」と言う母に「暑いくらいだよ」と返した。東京よりだいぶ南に位置する故郷はいつもの生活より5℃も6℃も暖かかった。東京暮らしを始めてから、母と気温の話もろくに出来なくなってしまった。

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90近い祖父母は、実家から車で3時間かけた山奥にぽつんと住んでいた。大晦日は毎年、家族で祖父母と過ごすのが恒例になっていた。2人は腰を折り曲げ、よく来たねと笑いかける。祖父はある程度受け答えがはっきりしているが、祖母はそうもいかないようだった。

「あなたたちは、うちに来たのは初めてだっけね」

そんな訳ないよと手を握り、骨ばった背中を撫でた。

カツオのたたきと、お寿司と、お正月用の盛り合わせを囲みながら、何回も同じ質問を繰り返す祖母を祖父と父は嘲笑していた。こちらを見て、ほらね、みたいなニヤつきを浮かべる。「おばあちゃん、おんなじことばっかり」と祖父が焼酎を飲む。母と妹たちは紅白を見ながらぺちゃくちゃお喋りをしている。僕はリビングに現れた2匹の巨大な蜘蛛を、行方を見失わないようにと目で追っていた。嘲りが聞こえたか聞こえないか、祖母はあらあらと笑いながら、寒くないかいと今晩の寝床を用意してくれようとする。僕はビールを口につけながら、おばあちゃんは座ってていいよと制して、蜘蛛を見失う。

祖父母が寝静まり、父と縁側でタバコを吸う。「今年が最後かもしれんね、おばあちゃん」そんなことを言いながら、酔っ払った父は息子と勝手にセンチに浸った気になっている。昔っから、そういうの全部やめてほしかった。なら尚更のこと、僕のおばあちゃんを僕の前で笑ってくれるな、と思った。東京より80倍大きなオリオン座は、Xperiaのカメラを向けるとどこかに引っ込んでしまった。父は僕の寝床より1段高くなったベッドでグースカ寝始め、夜更けに寝返りを打って僕の真上に落ちてきた。

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あけました。おめでとうございます。相変わらず特にやることもなく、父は久しぶりの息子を温泉ドライブに連れて行き、母は久しぶりの息子をワインバーに連れて行った。そしてその息子は今ネットカフェに入りこの日記を書いている。

予定されていた高校の同窓会。友人とヘラヘラしながら向かっていると、会場の入口で同じくヘラヘラしていた元カノと出会った。脳がめちゃくちゃ変な硬直をしてしまう。この数年間、こういった集いに顔を出さなかった元カノが急に現れたことで、脳が大変複雑な計算を始めて固まってしまった。

大学入試を控えた高3の秋に僕達は付き合い始めた。地元を離れ進学した僕と、地元に残り留年した彼女とでなんとなく遠距離恋愛が続き、なんとなくで振られてしまった、のち、今日再会した。

僕はとにかく日頃からダサい選択肢を取りたくなくて、人にダサいと思われたくなくて、顔面にニコニコした石膏を固めて僕は正常ですよみたいに振る舞うことで暮らしてきた。それなのに、8年前に振られた元カノがいてしまったら、どうしてもダサくなってしまう。僕はダサくなりたくないので、そういった再会はやめてほしい。

同窓会が始まる。ビールを片手にフラフラと喋りたい人の隣に座り、立ち上がり、トイレに行き、また喋りたい人の隣に座る、を繰り返していた。繰り返している内に元カノと相席になったため二三会話を交わした。お互いのタバコに驚いたり等。

転職を考えている、と告げると名刺を渡され「あなたなら歓迎します」と言われた。待遇を聞いたら今より7000倍程マシだった。こういう時の対応の仕方が分からない。間に受けて良いのでしょうか? 社交辞令なのでしょうか? 名刺には見たことある名前と見たことない肩書きが書かれていた。そそくさと財布にしまっていると、元カノがいきなりカメラをこちらに向ける。左上を見ながら綺麗なダブルピースをしてみせると、「あなた絶対にカメラ目線しないよね、今思い出した」と言われ、無事、僕はダサくなってしまった。

その後2次会を数人で抜け出して、吐きそうになってた元カノにいろはすを買い与えタクシーにぶち込んで見送った。3次会に戻り、誰かが入れたLemonを勝手に歌った。これもダサいと思う。

次の日。お気に入りのジャケットをどこかになくしてしまったようだ。ダサい。1次会の郷土料理屋、1.5次会のインド料理屋、2次会のイタリア料理屋、3次会のビッグエコー、4次会のうどん屋台、どこに連絡してもそんなものは知りませんと言われてしまった。そうなると誰かが着て帰った以外にないが、そんなことが有り得るのか? その誰かは、来た時よりも1枚多い上着に何も感じなかったのだろうか。僕は1枚少ない上着に何かを感じながら帰ったというのに。

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僕が東京に帰る日、相変わらず家族はそれぞれが思い思いの生活をしていた。妹1は朝帰りだったのか昼になっても起きてこず、妹2はタブレットで韓国男性アイドルのライブを見ながら楽しそうに独り言を呟いている。母は撮り溜めたドラマの消化に入り、父は自室から出てこない。何年も何十年も見てきたバラバラ具合だった。

父は60を超えても現役のギークであり、インターネットやらガジェットやら株式投資やらに心血を注いでいた。恐らくこの時も自室で5chまとめを読み漁っていたのだろう。一昨年の帰省では僕にラッスンゴレライの本当の意味を語り、去年はYouTuberヒカルのカリスマ性について熱弁していた。今年は何を食らわせられるのかと期待していたが、何かにつけて「そだねー」と相槌を打つ程度であった。丸くなったな、と思った。

空港に向かう時間、家族がぽつぽつとリビングに集まり見送りの言葉をかけてくれる。趣味も考え方も10分前までの過ごし方もバラバラな家族だった。僕が幼い頃、いつも父と母は喧嘩し、そうこうしている間にお互い他人行儀で接するようになってしまった。そんな家族を唯一繋ぎ止めていたこの実家がなくなる。

にしては僕の感情に動きがなくて笑ってしまう。寂しいな、と思う程度で、案外こういう瞬間はあっさり来るものだった。

まあ新居に移れば両親の精神衛生も良くなり、なんとなく仲良く老後を過ごしてくれるといいな。なんて思いながらコタツから立ち上がりスーツケースに手をかけニット帽を被った。父も母も2人の妹も同時に「イーブイだ」と指さした。

バラバラの家族はポケモンが繋いだ。ポケモン最高!

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