卒アルを見せられて乙女になっちゃった話
え……、ちょっと待って。私の知ってるカレじゃない。
なんかいつもと雰囲気違い過ぎない?
久しぶりに会えるっていうからタクシー飛ばしてきたのに、どういう事?
そんな私の混乱を知ってか知らずか、カレは遠慮なくジャカジャカとギターを掻き鳴らして大きな声でどんどん歌う。
待って待って待って……私、その曲知らない。聞いたことない。
今日は待ちに待った推しのライブだ。
何カ月も前から胸を躍らせながらこの瞬間を楽しみに生きてきた。こんなご褒美があるから日常を頑張れると言っても過言ではない。
なのに、だ。
「キィヤー!!」という若い女子たちの黄色い声に出迎えられながら、推しが歌いだした歌が全くわからなかった瞬間、血の気が引いた。
へ……。
ねえ、みんな……みんなはこの歌知ってるの!?
え、もしかしてこの歌知らないの私だけ!? てか、誰かのカバーでもしてるの!?
不安に襲われながら周囲を見渡してみると、拳を突き上げる者、腰をくねらせながら揺れる者、頭を振りながらリズムに乗る者などさまざまな反応見せている。
ん? ちょっと待て、斜め前の二十歳くらいの男子。君は怪しいぞ? 動揺が隠し切れていない。さては君も知らないな。
少しでも安心の材料を見いだしつつ、歌を知らないという事が他のファンにバレたくなくて(はいはいこの曲ね~いいよね~)と涼しい顔で縦ノリをかましてみせた。
Q&AのAが明らかになったのは、ライブ途中のMCだった。
「今回は新旧織り交ぜてやってみよう、ってことでね」
なるほど旧!!!!! Aだけど旧!!!!!
ここ2~3年急にハマった私のファン歴に対して、バンドの活動歴は十年を超える。遡ってアルバムなど聞いていたが、まだ追えてなかった楽曲がたくさんあったようだ。
それでもメンバー全員が音大出身で演奏技術が確かな事と、「口から音源」などと言われるボーカルの確かな歌唱力が相まって、初めて聴く曲でも(どういう歌かわからない)という状況には陥らなかった。
いや、むしろ、彼らが昔から奏でていた音楽に今出逢ったことが徐々に喜びに変わっていった。
(あ、これ好きかも)
(ちょっと待って、やっぱりイイ!)
(うわーたまらん! 好きぃー!!)
好きが三段活用して広がりをみせていった。
今の曲も好きだし、昔の曲も好きだ!
この状況は、あの時の雰囲気に似ている。
片思いだったカレと付き合うことになって少し経った頃、カレが言う。
「あ、そういえば、卒業アルバムあるけど見る?」
「見る見る!」
でもふと脳裏をかすめるのは、今はかっこいいカレが学生時代ダサかったらやだなという一抹の不安。そうだったらなんと反応していいか困るし。
そんな事を考えながらカレが在籍していたというクラスのページをめくる。ドキドキ。
(……えーーーーっ!! めっちゃ好み! 今のカレもいいけど、この若くてエネルギーがほとばしるようでいて、少しあどけない感じ)
そして、好きが加速して私は確信するのだ。
やはりカレの本質が好きなのだ。だからきっと昔も好きだし今も好きで、多分きっと未来のカレも好きになるだろう、と。
ライブが俄然面白くなってきたのは(旧もある)ということを踏まえ気合いを入れ直して聴いた後半戦だった。魅力あふれる楽曲の数々に全神経を集中させた。
ゴリゴリのロックに振り切ったかと思えば、シティミュージックのようなクールさを演出し、バラードでは田舎の夕焼けみたいなノスタルジアを感じさせた。
彼の口から出る音楽は、まるで万国旗のように色とりどりで聴く者を飽きさせない。私はいい意味で胸騒ぎを覚えた。
カレが良いと思ってこの世に出した作品を、私がやはり良いと思う。これってもう奇跡じゃないか。両想いと言ってもいいくらいだ。
ほんの少し気になる事といえば、このバンドのファン層が若いということだ。さすがはZ世代に人気と言われているだけあって周りを見渡せば10代と20代が占めている。若いファンたちは汗をかいたところでシーブリーズをパシャパシャやらなくてもなんだかいい匂いを漂わせている。こちとらそろそろ加齢臭対策も視野に入れなければならないお年頃だというのに。
後半戦で会場のボルテージが上昇するにつれ、私も両手を天に突き上げ縦ノリして一体感に身を委ねたが内心(大丈夫? 私浮いてない?)という気持ちが若干見え隠れした。アラフィフに片足突っ込んでいる氷河期世代がこんなにはしゃいじゃっていいのだろうか。
でも、許してほしい。
彼らの音楽を聴き愛でることは、私にとっての癒しであり日常を乗り切るための活力なんだ。だからお願いします、これからも一緒に縦ノリをさせてください。
昔のカレも好きだということが判明し、やはりあの時の直感は間違いじゃなかったんだなどと思いながら帰路につく。自宅でとある映画を観ていた時、エンディングで流れてきた音楽。それが彼らとの出会いだった。(なんかすごく好きかもしれん)などと思いつつ何度も何度もリピートし私は彼らの沼にハマっていった。
日常にライブの余韻を残しつつ、今日も私は遡って彼らの音楽に会いに行く。
音楽という希望でこれからも私の人生を彩ってくれ。【終わり】
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