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家政婦みたいになってでも私はそれを見つめていたい

※二年前の春、長男が小学校に入学したばかりのドキドキを綴ったものです。

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三寒四温の寒の方がやってきた今週、私は寒空の下、今か今かと待っていた。

 

あっ、きた。

引率の女の先生に連れられて、その後ろに続く黄色い帽子の小さな列。

まるで親鳥がヒナをつれてくるみたいな、その光景に思わず心の声が漏れそうになる。

 

か、可愛い……。

 

今にもピヨピヨと鳴きだしそうな、その列をじっと見つめる。

いつぶりだろうか、彼にこんなにも胸キュンしているのは。

私の存在に気づき、手を控えめに小さく振りながら駆けてくるその姿を見て頬がゆるむ。

「ただいま」

おかえりを言うと、手をぎゅっと握りしめながら自宅までの道をゆっくり歩いた。

 

この春、長男は小学校に入学した。

子も親も今まさにドキドキのスタートを切ったばかり、というわけである。無事入学式を済ませ、翌日からの3日間に限り、先生の引率で集団下校というイベントがあった。まだ道に迷う可能性がある新一年生のために、親は通学路の途中まで出てきて子供たちを迎え入れてほしい、と学校側からのお願いがあったのだ。

 

すっかり慣れた幼稚園生活ではあれほどお兄さんぶりを発揮していたのに、6年生までいる小学校に入った途端、なんだかスモールライトで小さくさせられたみたいに幼さが突出する。それを見ていると、見慣れた長男が新鮮な可愛らしさを携えて私の前に存在するのだ。

 

イベント的に集団下校はあったが、この校区では集団登校がない。もちろん小学生たちはそれぞれ学校に行くのだが、まだまだ心配な私は学校近くまでついていっている。過保護かしら、と心配したのも束の間、同じようなお母さんやお父さんがたくさんいた。

 

家ではベラベラ休みなくしゃべる彼が、登校中は心なしか無口に感じる。緊張しているのかな。

遠くに校門が見えてくると、自立心の芽生えなのか、周りが気になるのか「おかあさん、ぼく、もうひとりで行っていい?」と聞いてきた。心の中では下駄箱までついていかなくて大丈夫か? と思いつつも、彼の自立心を損なわないよう「いいよ!」と答えた。

半ばこわばった表情で「いってきます」そう小さい声で呟くと、前を向いて歩きだした。あぁこれがもしかして親離れの第一歩なのか? 心臓がきゅっとしてそわそわした後に、なぜか泣きそうになる。

がんばれー!! お母さんがいつでもついてるぞー!!

長男も自分も励ますつもりで心の中で叫んだ。

 

もちろん踵を返してすぐ帰る気持ちにはならず、私は長男に気づかれないよう建物の陰に身を潜めてその後を見守る。長男になんかあったら、すぐにでもここから飛び出して助ける! 大袈裟にもそんな事を考えて長男を物陰から見つめる私は、はたから見れば家政婦役の市原悦子状態だったに違いない。正直、登校だけでこんなにも心が揺さぶれるとは思っていなかった。

 

長男の通う小学校はなかなかのマンモス校で、全校で1,000人を優に超える。子育てしやすい環境ということで転勤族の家庭からも人気らしく、生徒数が上昇するのに従って校舎も増設されていった。おかげで、校舎は迷路のように入り組み、学年やクラスによって下駄箱の場所が違うなど大人でもゴールにたどり着くのに四苦八苦しそうな造りになっていた。

息子はちゃんと下駄箱までたどり着くのだろうか。

 

心配しながら見守っていると、豆つぶみたいに小さくなった長男が、校門をくぐったところで案の定キョロキョロしている。いきなり二手に分かれる迷路に惑わされ、下駄箱の場所を見失っているようだ。ランドセルの肩ひもをぎゅっと握りしめ、右に左に揺れる長男は、これから戦いに行くテレビゲームのキャラクターが、その時を待って足踏みしているようにも見えた。

 

か、可愛い……いやいや、そんなこと悠長に噛みしめている場合じゃなかった。助けに行かねば! 次男を乗せたチャリで来ていた私は、シャーッと校門近くまで駆け寄る。お母さん、今いくよ!!

 

しかし、長男は駆け寄る私に気づく間もなく、同じ一年生たちの流れに乗って下駄箱のある方へ消えて行った。どうか、このあと無事に過ごせますように。祈りにも似た気持ちで私は学校を後にした。

 

登校二日目。

初日同様、次男を乗せたチャリを押しながら長男と登校する。慣れない大きなランドセルと雨で履いた長靴が、彼の歩くペースを尚更ゆっくりさせていた。すると、後ろに上級生らしきメガネをかけてすらっとした女の子が現れた。4、5年生くらいだろうか。同じくらいのペースで彼女もゆっくり後ろをついてくるように歩いている。あまりにこちらのペースが遅いので申し訳なくなり、後ろを振り返り私は言う。「ごめんね、遅いでしょ。あれだったら追い抜いて」彼女は軽く首を縦に振ったが、相変わらず後ろをついてきていた。

「おかあさん、もういいよ。ぼくひとりでいく」長男のけなげな気概がそうさせるのか、昨日より20メートル手前で彼が言う。

すると、ここで優しい奇跡が起きた。

バイバイをしてまた歩き出した長男に、後ろをついてきていた女の子が話し掛けた。透明の傘をさしていた女の子は、まだ背が低い長男に合わせるように少し屈みながら目線を合わせてくれている。女の子が話すのに合わせて長男は首を縦に振ったり横に振ったりしている。私の場所からは会話の内容までは聞こえないが、その雰囲気からおそらく女の子が「ひとりで教室まで行ける?」といった心配をしてくれているのがわかった。

 

おぉ、なんということか。

上級生の女の子の優しさが、少し肌寒い雨のなか、温かく感じた。

うちの、まだ慣れない長男を気遣ってくれてありがとう。

 

こうして初登校から3日間が無事に過ぎた。

長男は緊張しながらもお友達に話し掛けたり、授業を受けたり、真新しくドキドキな時を過ごしている。子がドキドキするとき、親も同じようにドキドキの瞬間を生きている。成長するにつれ、その胸の高鳴りはだんだんと小さくなっていっても無くなることはないんだろうと思う。中学・高校・大学と進学する時、初めて就職する時……子供が何かの一年生になるときは、親も一年生だ。そのたびに現れる新たな可愛らしさはきっと私をくすぐり続ける。

手を完全に離れてしまっては味わえないこのドキドキをしばらくは長男と一緒に噛みしめていこうと思っている。≪終わり≫

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