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死のロード

今はあまり野球に興味がないから分からないけど、自分が高校生の頃関西在住あるあるで阪神ファンだった。その時代は3番バース4番掛布5番岡田だったはず。甲子園がホームのタイガースは夏の高校野球の期間はずっと遠征してた。それが死のロードと呼ばれていた。夏の暑い時期にずっと外泊続きで疲れるってコトだよね。

そんなバカみたいな動きを50代半ばにして、家族を巻き込んでやったってこと。6日で1500kmは異常。結果家に帰ると奥様と末っ子を除いてダウン⤵️。あまりに無謀なスケジュールだったので記録しときたくなり初note。以前は毎日ブロガーだったから新鮮かつ懐かしい気分ではある。

そもそもの用事は義父の十三回忌が新潟であり、これに出席する事だった。欲張りで貧乏性でサーフトリップしか行ったことない僕は新潟直行便30万で納得いくはずもなく、さまざまなルートを考えてみた。類は友を呼ぶというかDNAなのか、奥様息子達も全員それぞれの希望を出してきた。たまたま岐阜の友達が大きなクルマを貸してくれるからと言う理由で初のセントレア発着に決定。

まずは奥様のリクエスト、ひつまぶしから旅は始まった。
もちろんうなぎは食べたことあります。でもひつまぶしなるものは初体験😁

パッと見はうな重のうなぎが細かくなってるだけ。
ただこのひつまぶしにはルールがあるらしく、シロウトはいう事を聞くのみ。

まずは大体三等分に分けてお碗へ。
最初の一杯はそのまま、
次の一杯はしそ、ねぎ、わさびなどの薬味を入れて
かっこんでみる。
そして最後は薬味入りに熱いお茶をかけて茶漬けにして頂く。うーむ、うまいじゃないか。すこぶる美味いぞ。
なんで今まで食べたことなかったのか。全員すっかり虜になって食べ終えた。一瞬で異空間にトリップした感覚で旅は始まった。

沖縄県民には嬉しい電車移動で常滑駅へ。
そこで今回の相棒レジアスに乗り込んだ。流石はサーファー仕様で室内キャリア付の贅沢な空間で一路金沢へ。

この時はまだ元気ハツラツだな。
その日は寒いくらいで避暑気分であっという間に金沢の宿へ。家族は部屋でゆっくりしてたけど、金沢といえば大好きなcajon crewを素通りする訳にもいかず東山のお茶屋街へと繰り出しました。数年ぶりとは思えないくらい話は盛り上がって、焼き鳥屋からBARへ。東山は祇園の街並みに近く居心地が本当に良かった。伏見さん、慎平、マコ
ありがとうございました。翌日のサーフセッションはお流れでしたが秋冬のミッドシーズンにまたフラッと来ます。

Day 2はインスタグラマーな長男の希望で美術館での撮影やら、香林坊のセレクトショップ巡り。途中近江町市場で鮨も忘れずに。


夕方までがっつり金沢散策を楽しんで、アップノース!
なんとなく同じ北陸地方そんな遠くないとなめてました。
余裕の300km越え。長距離ドライバーばりの移動。
実家にたどり着いたら姉夫婦が待ち構えてたから軽く晩酌して撃沈。長い一日が終わった。。

Day3は法事からの温泉宿へ。
途中SL見たり、総勢9人の従兄弟が集合したのでえらい盛り上がりでした。お義父さん、みんなを集めてくれてありがとうございました。おかあさんも段取り本当にお疲れ様でした。ありがとうございます。やっぱ血の繋がりは何かあるよね。とはいえ自分は血繋がってないんだけど😂
久々だけど楽しかったなあ。今回のトピックはお母さん、もう81歳なんだけど知り合いになって約25年経つ。今までで一番元気でしっかりしててリーダーシップも素晴らしかった。さすが牡羊座というところなのかな。


Day4
リーダーであるお母さんのプランで一度実家に戻りスイカを食べてからのランチ。近所のイタリアンも手配済み。何から何まで段取りが素晴らしい。ただ総勢16人なので、パッと行動できないこともありスイカは食後に回った。そこから名残惜しい気持ちもあり、オショウカードセッションもありどんどん時間は過ぎていった。
ようやく夕方4時前に出発した。
みなさん、また会いましょう。

ここからは当てのない旅路。
とりあえずの目標は富士山。うん、遠いよ。
遠すぎるよ。

ルートは上越まで行ってからの上信越道で甲府あたりを目指すのか、長岡から関越道で埼玉あたりを目指すのか。
上信越道は片側交互通行の山道だという情報を得て急きょ関越自動車道へ。
関越トンネル越えたあたりから、薄暗くなりはじめた。
途端に眠気が襲いこんできた。このころからカミさんの様子が変になりはじめた。
どうやら昨日の夜のエアコンで冷えたのとこの移動による疲れから風邪っぽいようだ。まいった。金沢新潟間では1時間ほど交代してもらってどれだけ助かったことか。
しかし体調も悪く、関東へ向かう道は次第に混みはじめている。これは自力で走るしかない。しかも今日のゴール設定ができてない。なんでもそうだが目的地が設定されてないとつらい。ただ埼玉泊まっても、厚木泊まっても5人を収容してくれる小綺麗なホテルがない。厳密にいうとなくなないけど、盛り上がりに欠ける。

その昔、九州道を大雨で走りながらなんでもいいからと安くて古いホテルを予約サイトで見つけて飛び込んだ。まあ外観見た時から嫌な予感はしてたんやけど、ラップ現象や寒気が止まらなくなって怖くてどうしようもなくフロントへ。ホテルの人の顔色がさっと変わり、すぐに違う部屋へと通された。その部屋では何事も無かったけどもう寝ることは出来なかった。そんなこと家族で体験したくないからちゃんと吟味したいのです。

そして予定にはなかった横浜中華街へ。
疲れ切った中首都高速中央環状線C2長すぎるトンネルはマジで辛かった。ホント無理しすぎは絶対やめたい。やめなくてはいけない。そして中華街のホテルだと思ってたのが黄金町だったというオチもありました。駅前のお好み焼きがジャンクで美味かったこと。

Day5 ただでは起きないナカムラファミリー。
せっかくの中華街、大好きなお姉さんに数年ぶりに連絡。
突然すぎたけどノリのいい典子さん朝イチの朝粥でもどうかしらってコトで再会。中華粥も疲れ切ったボクらには最高のご馳走になった。いつも通りカッコいいお姉さんでした。会えて嬉しかったです。今度はもう少しゆっくり予定立てて来ます💦
その後、山下公園から赤レンガ倉庫を散歩して次の目的地へ足早にクルマを走らせるのでありました。

またまた足早に横浜を出発し一路西へ。
途中子供達が見たがっていた富士山もバッチリ拝んで
どんどん走ります。

そしてこの旅の最終目的地サーフスタジアムに到着。
もうこの時点ですでに身体はボロボロになってた。
けどなんとか気合いを入れてプールに挑みます。
結果自分もタオも疲れ切った身体と慣れないプールサーフィンであまりコツを掴みきれず終了。うーむ、1Rでは足りないよなコレ。普通のと言ったらよく分からないけど、いわゆるサーフィンとはまた違う感覚のゲームだよな。乗っちゃえばサーフィンだけど、乗る前まではバス停でバス待ってる感覚に近いもんがありましたね。ただ楽しくてもっとやりたくなりましたけど。何回も来てる人は本当うまく乗れてたな。こんなの近くにあると通うな。イヤイヤいい経験でした。みんなヘトヘトの中お付き合いありがとう。

インサイドの浅いプールでこくあも泳げて大満足してた。
さて、今日はどこまで行こうか。明日のフライトは夕方だからいろんな選択肢があるよな。もう感覚が麻痺して名古屋まで2時間とかなら近いイメージしてきてホテル2部屋とってゆっくりしよう。明日の朝は名古屋名物モーニングでも食べよう!

Day6
怒涛のトリップも最早最終日。後は常滑駅のパーキングにクルマを置いてセントレアから那覇に向かうのみだ。
愛知、岐阜、滋賀、福井、石川、富山、新潟、群馬、埼玉、東京、神奈川、静岡、そしてまだ愛知に戻ってこれた。本当に疲れ切った。こんなのやったらあかん。心からそう思う。沖縄に戻って来てすでに4日、いまだ疲れとれずゴロゴロし続けてる。ようやくきざしはみえてきた。
旅の無事を感謝して熱田神宮へお参りに行き、今回の旅を締めくくった。無事帰宅出来たこと、そして親戚のみんなに会えたこと感謝したい。倍以上は時間かけて動きたいね。欲張らずのんびりした旅しないとですね。

あまりに疲れたので、時系列に旅路を記録させていただきました。お付き合いありがとうございました。

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