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中村佳穂うたのげんざいち2022 2/4@東京国際フォーラムA


人間の記憶は、曖昧で不確かだと思う。
時間の経過とともに、自分の中で神格化され、強化されてしまう部分がある、そう私は思う。だからこそ、記憶が新鮮なうちに記憶のままを書きつらねたいと思う。
わたしがみた、感じたそのままの景色。

東京国際フォーラムAはとにかく広かった。
5千人収容は、東京でも最大規模で、グループ間の席は空けられていたものの、8割は埋まっている印象だった。
それでも、一階席には本来は座られるはずだった席、誰もいない席が見える。きっとそこに座る人の人生がそこにはあったのだろうと想像しながら、開演を待つ。
開演前のSEでは、GUIROが流れていた。
祝福の歌。心地よいサウダージ、コンサートホールの響きの質感を感じる。きっと祝福の日、そんな思いもあるのかしら。
ステージは二台のグランドピアノを中央に、ステージ向かって左手にモーグのシンセが床に、また右手奥にはアップライトピアノが置かれていた。

中村佳穂のライブは、端的に言うと、わたしとあなたという、関係性を強く伝えている。
5000人いても、そのひとりひとりが、中村佳穂の音楽と向き合い、自分の人生を音に景色に照らしている。とてもオープンで、開かれた空間。

上手から、怪獣のような、竜のような、それはそれは大きな青のような黒の布を被った中村佳穂が登場。
そのままアップライトピアノに座る。ソフトペダルが踏まれ、ピアノの内部にもミュートをかけたかのような、プリペアドピアノを想起させる、柔らかな質感、しかしタッチが視えるピアノが奏でられる。
こんな歌をかつて歌いたかったと、流れでたのはblack bird ビートルズの屈指の名曲だ。


Blackbird singing in the dead of night
Take these broken wings and learn to fly
All your life
You were only waiting for this moment to arise

夜の静寂にさえずる黒い鳥
傷ついた翼で、空を飛ぼうとする
これまでの人生
あなたが待っていたのは、飛び立つこの瞬間なんだ

ああ、そうなんだ、黒い鳥それは、中村佳穂自身でもあって、あなた=わたしなんだと。

そして、今この瞬間に人生があって、この瞬間にそれぞれ飛び立とうとしているのかと、たった2,3分の演奏で、一気に人生を俯瞰するような気持ちになる。


ブラックバードを歌い上げる、声、後ろ姿は、本当に永遠のようだった。
ステージは、アメリカンユートピアのステージを想起させる。ピアノだけ、半円状に上から恐らく糸の束がカーテン状につるされ、シンプルなライトが後ろからまた上から照らされる。

ブラックバードの後に中央に立ってあらためて、オフマイクで挨拶。笑顔に満ち溢れて、下手へ、グランドピアノに座り奏でられたのは、GUM、アイアム主人公。
中村佳穂のピアノはタッチは明確で、力強さがあるために、フルコンサートのグランドピアノでも、ゆうに鳴らし切る音の豊かさがある。また、この日はアコースティックピアノと、歌というシンプルな音響故に、その音像の美しさが会場の隅々まで届いている印象を受けた。

その後は、初期のリピー塔が立つから、名曲、悪口。自分が認められたいと思っていた若き日の頃、批評家から色々と酷評を受けて描いたという、この曲は、アンコールで最後にもう一度登場することになった。
独特の世界観を持つ、ノスタルジックなかつ、語り口、ピアノのバッキングが印象的な曲だが、この巨大な会場だからこそ、この曲を選ぶ中村佳穂は、とてもパーソナリティを解放していることを実感する。
自分の過去。そして、気持ち。今この瞬間に伝えたいこと。
溢れるように、そして、音楽も寄り道をしながら、力強く進んでいく。


力強く奏でられた悪口、しかしそこに怒りというよりは、昇華される感情があり、どこか客観的な視点がある。僕は船を編むという歌詞にあるように、中村佳穂は僕であり、わたしであり、あなたになる。
あなたの気持ちがわかるなんて私は言えないというMCにあるように、不確かで形容できない心の揺れを、中村佳穂は、優しく柔らかく掬いとる。とても誠実で、飾らない。

続いて歌われたのはシャロン。
この曲は10年来歌われ続けている曲だが、知っていたのにも関わらず、新曲のような新鮮さで響く。

しっとりとした歌声に導かれるように、クリアだったタッチのピアノは、水彩画のように淡く、和音の色合いがグラデーションのように広がっていく。

シャロン  君の声が小さくなる
僕の中で何かが動いてるのを
君に会ったのを最後にして
さぁ僕はいかなきゃ
さぁ僕はいかなきゃ

シャロンと聴くとROSSOを思い出してしまう方も多いと思うが、このシャロンという言葉には特に意味がないのだという。
だからこそ、聴く人にその音の運びと歌詞の世界を鏡のように自身の心に映し出す魅力があり、ホールが蒼い静けさに満ちていった。

もう一つこの曲で特徴的なのは、君の声がの部分の揺れ。こぶしとも言えるが、奄美大島の民謡にみられるグインに近い。
✳︎グインは奄美大島の民謡の特徴で、独特のこぶしとファルセットを多用しているもの。
出身は京都である中村佳穂がいかにして、こうした歌い回しを身につけたのか、想像でしかないが、ありとあらゆる音楽を吸収してきた中で、自然に取り込まれたものだと考えられる。先人が残してきた音楽の遺伝子が、中村佳穂の中で編まれていく様子が、楽曲のワンフレーズにすら感じられる彼女はやはり、天才だ。


ここで、セットリストを振り返ってみる。
(その曲間ではMCや即興が入っている)

1.black bird (the beatles)
2.GUM
3.アイアム主人公
4.悪口
5.シャロン
6.SHE'S GONE

シークレットゲスト:上原ひろみ
7.POiNT
8.さよならクレール
9. 忘れっぽい天使
10. 新曲
11. アイミル

アンコール
12.Hank
13.口うつしロマンス(上原ひろみ)

アンコール2
14.悪口 (リプライズ 上原ひろみ)


ライブの冒頭、この大きなコンサートホールでピアノと自分の歌に向き合いたいと思ったと語った中村佳穂。中央に並べられた二台のグランドピアノ、いつ逆側に行くのかと気にしていた中盤、突然その瞬間は訪れた。
曲の途中で、下手から緑のドレスを着た女性が、突入してくる、鳥のような華やかな髪、弾ける笑顔で登場し、中村佳穂の逆サイドのピアノに座った女性、そうシークレットゲスト上原ひろみだ。
本当に凄まじい登場だった。しかし、必然と言えるような、即興を紡ぎ合う奇跡のデュオは、間違えなくこの日の会場のボルテージを一気に上げる。
天才×天才。
上原ひろみの凄さは、耳のよさ。
スキャットして溢れ出る中村佳穂の音楽を、丁寧に掬い取り、ピアノで対話する。
上原ひろみは、歌手ではない。ピアニストだ。しかし、そのピアノはフレーズも、和声も、とにかく歌う。おしゃべりをする。
かつ、そのタッチの多彩さは特筆すべきところで、クリアで、隙間を開け大胆に筆を進める中村佳穂のピアノの空間に、さまざまな色を配置していく。
永遠に続きそうな、2人の音の対話。
さよならクレールの後半の超高速ドラムンベースの部分は、2人の洪水のような音の粒子が飛び交っていた。
その後、マイクを持って中央に移動する中村佳穂。伴奏に徹した、上原ひろみが弾き始めたのは、忘れっぽい天使。
AINOUの中でも屈指の名曲、ここでは中村佳穂が歌に徹することで、とても艶やかにまた自由に飛翔していく。
その飛翔する中村佳穂の歌を、追い風のように、フレーズの方向性を繊細にキャッチしながら、ソフトペダルを多用して、低音域から高音域まで使ってピアノを奏でる上原ひろみはピアノを無限の音色のオーケストラに変える。間違えない、ハイライト。
この一曲のセッションだけでも、忘れ得ない夜になった。


年末のツアーでも歌われていた新曲を挟み、本編最後はアイミル。
徐々に会場の手拍子が大きくなる。
会場を見渡してみるとそれぞれが、それぞれの楽しみ方、手拍子で中村佳穂を見つめている。空間は広いが牧歌的で、とてもピースフル。

ギターソロのパートはスキャットで再現されていた。
アンコール。当日に配信で公開された、hank。デモを作った時に阪急の近くだったことからハンクとつけられていたタイトル、紐解いてみると、糸の束という意味があり、気に入ってそのままつけたのだとか。
愛おしく、暖かなピアノと歌。
あったかいのね。という歌詞が、温度を持って染み渡る。
再度、上原ひろみを呼び込んで、口うつしロマンス。再度のアンコールで悪口。
キャリア初期の曲でのエンディングは、新たな音楽のスタートのようだった。
何度も何度も歌った歌。それが上原ひろみとの演奏によって、いま、ここで新しい曲になる。
どんな変な曲でも二回聴けば知っている曲!そんな説明とともに、上原ひろみが絶賛したという悪口、本日2回目。
上原ひろみはこの独特の世界観をとことん愛するように、愛おしく、一音一音を丁寧に紡ぐ。
最後は2人のスキャットと即興の対話で、永遠に続いて欲しいところで、本日の着地点。

思うこと考えること、向き合ったこと、思い浮かぶ過去の記憶と景色。浮かんでは消える、自分の情動。シンプルながら光に満ちた照明、素敵な空間の2時間は、いつまでも鳴り響く余韻を残した。

書き足りない、伝えきれない、湧き上がる想い。中村佳穂の音楽は人に生きる感情を与えてくれる。

帰り道、国際フォーラムの出口から沢山の人がそれぞれの帰路に向かう。マスクから覗く表情。みんな幸せそうで、その顔や身体には歌が、確かにそこには歌があった。




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