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「膝浜 大阪弁編」

※ こちらは、脚本家 今井雅子先生が書いた「膝枕」の派生作品「膝浜」から生まれる2次創作ストーリーです。


「膝枕 大阪弁編」って、こんな感じで作ったんやんな?!って思う事を書いてみた。(思い出し含むw)

 毎年12月になったらよく聞く落語に「芝浜」があります。それを今井先生が膝入れをされたのが「膝浜」。
何回か読んでいるうちに、「これを大阪弁で読んでみたい」って思い、今井先生にお話して、大阪弁にコツコツ直していったのが、この「膝浜 大阪弁編」です。

 それはそれはこんな感じで進んでいきました。
 まず、私自身、大阪市内生まれで、大阪南河内の藤井寺育ち。
でありながらも、小さい頃は父が出張族で、帰ってくるたんびに、その土地の言葉がうつって帰ってくるのと、私自身もいろんな場所にご縁があって、そこに行って帰ってきたら、やっぱり、そこの言葉がうつって帰ってくるらしく(本人何の自覚無しw)いろんな言葉が混じってしゃべっているので、私が話している言葉そのままでは大阪弁だけにならないとの事が判明w
とりあえず、私の大阪弁で読むのだったらこのように読む、というのを
「膝浜」の原稿に書き込んでいきました。
 そこから、インターネットに「大阪弁変換」という、どこかの大阪の商店街の人たちが作ったらしいページで、いろんな単語や文末を大阪弁に変換していきました。
 そして、何回も声に出して読みながら、読みやすいように変換をしていったんですが、逆に読みづらくなってしまうというジレンマとも戦いながら、
2021年6月13日膝の日に初めてclubhouseで披露しました。
 最初の結果は・・・私としたら、これでいいのかなと不安がいっぱいで読みました。それは、今でもこの原稿通りに読み切ったことがないからです。 まぁ、これは、私の話の勢いで、私が話す大阪弁になってしまっているからです。原稿もそのたびに修正をしていっています。

 実は、noteの下書きには「膝枕 大阪弁編」の原稿がずっと入っていたままだったんですが、今日、この前説を書く際に最終修正を入れたので、結局、初めから作ってしまいましたwww
そして、今、2022年年末に、やっと皆さんの前にnoteデビューする事が出来ました。

 今でも、こんな感じの前説でいいんやろうかと、今でも思いながら、これを出しています。
 ぜひ、「膝枕 大阪弁編」を読んで、ここの大阪弁がおかしいなどありましたら、ぜひお知らせください!!


「膝浜 大阪弁編」

(原作:古典落語「芝浜」膝入れ:今井雅子 大阪弁:河田利恵)

語り「江戸の昔、膝屋の久五郎(ひさごろう)という男がおりました。膝屋というのは、浜に流れ着いた膝枕を拾い集め、磨いて売り歩くという商売。久五郎が手をかけた膝枕は、色と艶(つや)が増し、眺めるも良し、枕にするも、もちろん良しで、新品よりも高い値(ね)がつく人気。ところが、この久五郎、困ったことに大変な酒好きで、呑むと仕事が雑になり、浜に行くのも面倒になる。そうこうするうちに、一年も押し詰まってまいりました」

 女房「あんさん、起きなはれや。 ちょっと! あんさん!」

 久五郎「おい、こら、布団とんなや! だんな、叩き起こしやがって、どういうつもりや?」

 女房「どないもこないもないよ。 浜に行って、膝を取って来てくれなはれや。あんさんが膝を売ってくれはらへんと、釜のフタが開かへんねんよ」

 久五郎「釜のフタが開かへん? 鍋のフタ開けときゃええやんか?」

 女房「しょーもないこと言うてやせんで。もう年の瀬やよ?大晦日になったら、掛け取りがぎょーさん来はるよ。このままじゃ年、越(こさ)れへんよ」

 久五郎「じゃかましいなぁ。 ゆうべの酒がまだ抜けへんのや。 今日は休みや。明日から行くで」

 女房「明日、明日。そう言うて、もうひと月になるやないか。あんさん、
ゆうべのこと忘れたんかい? これ以上酒屋さんのツケを増やすわけには
いかへんって、うちが言(ゆ)うたら、 あんさん、明日からしゃんと働く、
だから、今日は飲みたいだけ飲ませてくれやぁって、そう言うたやないか」

 久五郎「わかったで。行きゃあいいんやろ行きゃあ。いや……けどあかん。わい、もうひと月も休んじまっとんねん。商売道具やって使い物にならんやろう」

 女房「何言うてはるの。 うちはな、昨日や今日、膝屋の嫁はんになったんとちゃうんで。膝を磨くやすりもしゃんと研いで蕎麦殻の中に突っ込んで、イキのいいサンマみたいにピカピカ光ってんで!」

 久五郎「よぉ手が回りやがるなぁ。しゃあねえ、行くか」

 女房「まっすぐ帰ってくんやで。途中で一杯引っかけるんやないで」

 久五郎「じゃかましいなぁ。こんな夜も明けへんうちからやっとる飲み屋があるかいな。(歩きながら)うぅ、さぶ。 今時分仕事しとんのは、膝屋か
泥棒ぐらいもんやで。膝屋なんて大して儲からへんねんさかい。運良く膝を拾(ひら)えるかどうか、行ってみんとわからへんし。
ん?けったいやなぁ。浜に膝屋が誰もおらへんやないか。まさか、わいが来る前に、膝をさらい尽くしたんか? 
いや、空がまだ暗い。膝が流れ着くんは、明るくなってからや。
ん? 鐘の音や。今いくつ鳴った? おかんの野郎、刻(とき)ひとつ間違えて起こしやがった! 見ろ、今ごろ沖のほうが白んできたやんかぁ。おてんとさんのお出ましや。 (柏手を打ち)おてんとさん、今日からまた商いに出ますさかいに、 どうかひとつ、またよろしゅうお頼み申します。
ん? 水ん中で何か揺れとるな。 早速、おてんとさんのご利益か?」

 語り「水の中から、よっこらしょと引き上げた久五郎、思わず『枕!』と叫ぶなり、それを小脇に抱え、一目散に家に舞い戻ります」

 久五郎「(戸をドンドン)おかん! 開けろ! わいや! はよ開け!」

 女房「あんさん、もう帰ってきはったん?」

 久五郎「ちょー、こっち来てすわりや。おまえ、朝、刻(とき)間違えて起こしよったよな?」

 女房「かんにんなぁ、あんさん。 すぐに気いついたんやけど、あんさんもう、ずーーっと先まで行っとったもんで」

 久五郎「それはもうええ。 浜に着いたら、他の膝屋もおらへんし、膝も流れ着いてへんし。 そこにようやっと、おてんとさんが昇ってきよってよ、
水ん中に、なんか、ゆらゆら揺れとんねん。 なんやろうと思おて取り上げてみたらや……こいつやったんや」

 女房「なんや、めっちゃ汚い膝やなぁ」

 久五郎「ただの膝やあらへん。ここよう見(み)い」

 女房「あら~、なんやの! この膝、徳川様の家紋がついはるやないの!」

 久五郎「膝屋の嫁はんのくせに、気づくのがとろいねん。行方がわからんようなっとった殿様の膝枕や!」

 女房「たしか、見つけたもんには褒美を取らせるんやって?!」

 久五郎「せや。金百三十両って話や」

 女房「ひゃ、百三十両!」

 久五郎「今頃なに腰を抜かしとんねん。わいにもようやっと運が向いてきたでぇ。早起きは三文の得、なんて言うけどやぁ、 三文どころちゃうで、百三十両も得したでぇ」

 女房「あんさん、この膝を金に換えて、どないするつもりなん?」

 久五郎「そりゃあバンバン使うで。金なんてもんは、しまっとったって増えやせえへん。百三十両もあれば、毎日遊んで、酒飲んでな、おつりが来るってもんや」

 女房「あんさん、それ本気で言うてんの?」

 久五郎「当ったり前やないか! 毎日毎日暗いうちから起きて膝仕入れて磨いて売り歩いて、 ほんでなんぼになるってやんか?なんや、暗い顔しよってからに。なんもわい一人が飲み食いするのに使(つ)こうたりせえへんよ。 おまえにもさんざん苦労かけたからやぁ、なんでも好きなもん買(こ)うたるよ」

 女房「そういうことやのうてさぁ……」

 久五郎「おまえも、そんなボロなんか脱ぎ捨ててや、派手に着飾りたいやろ? 呉服屋行ってやぁ、着物から帯からかんざしからパーッと買(こ)おてまおうぜ。それからや、ふたりでお伊勢詣でや、江戸やら見物したり、 湯治場(とうじば)巡りしたりして、 面白(おもろ)おかしゅう暮らそうやあらへんか。いやー、めでたいなぁ。 酒出してくれや。祝い酒や」

 女房「こんな朝から呑んで……今日は、もう浜に行ってくれはらへんの?」

 久五郎「なんやねん、浜って?」

 女房「膝の浜に決まってはりますやん」

 久五郎「何言うとんねん? 百三十両が転がり込むんやで? もう膝なんて拾(ひら)わんでいい。しょーもないこと言うてへんで酒持ってきい!」

 女房「はい、はい。これで最後でっせ(ドン)」

 久五郎「なんやねん、めでたい気分にケチをつけるんやあらへんで。
(呑んで)はー、仕事の心配せえへんで呑む酒はうまいなぁ。
せや、百三十両、大金(たいきん)が転がり込むんや。 もっとええ酒と食いもんをあつらえようやあらへんか。なじみの連中にも声かけて、気前のええとこ見せたるか!」

 語り「さあ、いい気になった久五郎。酒だ、刺身だ、天ぷらだと大盤振る舞い。若い衆を大勢呼んで、ドンチャン騒ぎ。酔いが回って、高いびき」

 女房「あんさん、起きなはれや。 ちょっと! あんさん!」

 久五郎「おい、こら、布団とんなや! だんな、叩き起こしやがって、
どういうつもりや?」

 女房「どないもこないもないよ。 浜へ行ってきてくれなはれ!」

 久五郎「浜? まだそないなこと言うとんねん。それにしても、ゆうべはよお飲んだよなぁ」

 女房「めでたい、めでたいってお酒飲んでたんやけど、どないするんや
この勘定? 酒屋にてんぷら屋に魚屋(うおや)。ツケどっさり」

 久五郎「金なら、アレがあるやん」

 女房「寝ぼけたこと言うてへんで、 浜へ行ってきなはれよ。あんさんが膝を売ってくれへんと、釜のフタが開かへんねんよ」

 久五郎「何言うとんねん? 釜のフタが開かへんなら、アレ使(つ)こおて開けたらええやろう?」

 女房「アレって何やの?」

 久五郎「昨日のアレや」

 女房「昨日のアレ?」

 久五郎「とぼけんなや。わいが昨日浜で拾(ひら)ってきた殿様の膝枕や!」

 女房「あんさん、昨日浜へなんか行ってはらへんやんか?」

 久五郎「なんでやねん? おまえ、昨日わいを叩き起こしたやんか」

 女房「あんさんが起きたのは昼過ぎやで。何がおめでたいんや知らんけど、今日はわいのオゴリやって、若い衆を大勢呼んで来て、さんざん飲み食いしぃ、そのまんまグーグー寝てもてさ。 それで今うちが起こしたんやないの。いつ膝の浜なんか行ったん?」

 久五郎「ちょー、待ってくれや。わいは昨日、たしかに、おまえに起こされたで。おまえに刻(とき)間違えて起こされて、浜に着いたら他の膝屋もおらへんで、膝も流れ着いてへんで、夜明けるのを待ってたら、おてんとさんが昇ってきはって、おてんとさんにご挨拶して、ほなら、水ん中で何ぞゆらゆら揺れて……そやで! はっきり覚えとる!徳川様の御紋!わい、殿様の膝枕拾(ひら)ったんや! 百三十両の褒美がもらえる膝枕! 膝の浜でや!」

 女房「はー、情けないなぁ。普段から商いもしいひんで、楽して儲けることばかり考えてはるから、そんなへたれな夢見たんやねぇ」

久五郎「あれが夢なわけあらへん!だってわい、膝の浜で鐘の音聞いたで?」

 女房「あんさん、今聞こえてるのは何やの?」

 久五郎「今? あ、鐘の音や……」

 女房「そやで。明(あけ)六つ(むつ)の鐘やで。 うちにいたって聞こえるんや。昨日、この鐘の音が聞こえてる頃、あんさんはまだぐっすり寝とった。あんさん、浜やのうて、夢の中で聞いたんやよ」

 久五郎「おい、それやったら殿様の膝枕拾(ひら)ったのは夢で、飲み食いしたのはほんまやってんか?」

女房「そういうことやね」

久五郎「はー、割りに合わん夢、見てもうたなぁ。 おまえの言うとおりや。毎日毎日、商いにも行かへんで、金が欲しい金が欲しい……そんなムシのええことばっかり考えてるから、こんなみっともない夢、見てまうんや。
わいは自分が情けない。 金もあらへんのに、いきってしもて、あんなに酒や食いもんあつらえてしもうた。 おかん、縄出してくれや」

女房「拾(ひら)った膝枕を縛る縄やね? 浜に行ってくれはるんか?」

 久五郎「こんな勘定、とてもやないが払えんやんかぁ。 首くくって死のか」

 女房「あほなこと言うてんちゃうの! これくらいの勘定、あんさんがその気になって働(はたら)いたったら、なんとでもなるんとちゃうの!」

 久五郎「何言うとんねん? 膝の一つや二つ売って、なんとかできる額やないで!」

 女房「あんさん、腕はええやから。酒さえ呑まへんかったら、
大坂(おおざか)で一番の膝屋やって評判やで。浜でコツコツ拾(ひら)った膝が、あんさんの腕にかかれば、百三十両に化けるんやで」

 久五郎「そんなことあかんに決まって……いや、やってみんとわからんか。おまえに言われたら、できるような気がしてきた」

 女房「その心意気やよ、あんさん」

 久五郎「おかん、わい、今日限り酒やめる。 おまえに誓って、もう一滴だって呑まへん。 よーし、さっそく商いに……いや、けどあかん」

 女房「何があかんの?」

 久五郎「わいもうひと月も休んでしもた。 そんなに休んだら、商売道具やって使い物にならんやろう」

 女房「何言ってはるの。 うちは、昨日や今日膝屋の嫁はんになったんちゃうで。 膝を磨くやすりだって、しゃんと研いで蕎麦殻の中に突っ込んで、
イキのいいサンマみたいにピカピカ光ってんで」

 久五郎「手回しがええやん。ん? なんか夢ん中でも こんなやり取りした気がすんなぁ。ほな、行ってくるで!」

 語り「さあ久五郎、それからはまるで人が変わったように商いに精を出します。 浜で拾(ひら)った膝を俺の腕で百三十両に化けさせてやるでとばかり、絵筆を走らせて絵を描いたり、彫り物を入れたり。十二単を着せた源氏物語膝枕や絢爛(けんらん)豪華(ごうか)な花魁膝枕、勇ましい侍膝枕といった細工膝枕が大当たり。
三年の月日が経つ頃、奉公人十三人を抱える膝問屋『膝久(ひざひさ)』の主となっていました。 その年の大晦日」

 久五郎「おい、 火鉢(ひばち)に火が入ってへんやないか。これから寒い中大勢来(き)はるっていうのに」

 女房「大勢って……誰(だれ)ぞ、来(き)はるんかいな?」

 久五郎「今日は大晦日や。掛け取りの人が来(き)はるやろ?」

 女房「何言うてはるの、あんさん。 うちに掛けを取りに来る人なんて、1人もこうへんよ。」

 久五郎「大晦日に掛け取りがこない?」

 女房「あんさんが一生懸命稼いでくれたおかげやよ。うちが布団とらんかて、毎日朝はよ起きて、浜に出かけて、商いに精を出してくれはって……」

 久五郎「そりゃあ商売が楽しゅーてしゃあないからや」

 女房「商売が楽しい?」

 久五郎「ああ。膝屋っていうのは、ええ商売やで。お客さんが店の前を通りかかって、こんな膝は見たことないって驚いてくれる。久五郎が手をかけた膝はええねぇ、日本一やねぇって笑ってくれる。そんな顔をもっと見とうて、わいは毎日、毎日、膝を拾(ひら)って、磨いて、手を加えて、売り歩いてんや。お客さんが面白(おもろ)がってくれて、そこに銭がついて来る。こんなに楽しいことはあらへん。こないだ『おばあちゃん膝枕』を買(こ)うてった客は、三十年ぶりにばあちゃんに会えて、子どもん頃の気持ちに帰れたって、泣いて喜んでくれた。なんで、膝屋なんかになってしもたんやって、思った頃もあったけど、とんでもない、わいはこの商売をやるために生まれてきたんや」

 女房「あんさん、すっかり、ええ顔になったねぇ。酒びたりの頃とは別人みたいや」

久五郎「酒なんぞ呑むヒマあったら、膝を磨きたい。そう思えるようになったんは、おまえのお陰や。 こんなろくでなしに、愛想(あいそ)尽かさず、今までずっと支えてくれて、 おおきにな」

 女房「あんな、あんさん。見てもらいたい物(もん)があるんや」

 久五郎「なんや? 正月の着物か? だったらわいが見たってしゃあないで。 着物のことなんか、よーわからん」

 女房「ううん。着物、ちゃうねん。聞いてもらいたい話もあるんや。あんさん、うちの話を最後まで怒らんと聞いてくれはる?」

 久五郎「なんや、あらたまって」

 女房「怒らんと最後まで聞くって、約束してくれはる?」

 久五郎「怒らへんから。 話してみぃ」

 女房「あんさんに見てもらいたい物(もん)ってな……(ゴソゴソと取り出して)これなんよ」

 久五郎「なんや、このずっしり重い革袋は?」

 女房「中、見てみぃ」

 久五郎「なんやこりゃ。金貨がどっさり。おまえ、知らん間(ま)にえらい貯め込んだんやなぁ。一体いくらあるんや?」

 女房「百三十両」

 久五郎「ひゃ、百三十両!」

 女房「あんさん、百三十両って数に覚えはないかい?」

 久五郎「百三十両? せやなぁ……あれは三年前の年の暮れ。
膝の浜で殿様の膝枕、拾(ひら)う夢を見た。見つけた者(もん)に取らせる褒美がたしか金百三十両……(ハッ)(おい!)!」

女房「あんさん、あれな、夢やなかったんやよ。」

 久五郎「夢やなかった?」

 女房「三年前のあの日、あんさんは、ほんまに膝の浜へ行って、 殿様の膝枕を拾(ひら)って帰って来たんやよ」    

 久五郎「やっぱり。夢にしたらずいぶんハッキリしとったもんなぁ。
おい、おまえ、どうしてそんな嘘ついたんや?だんな騙すようなマネしやがってからに!」

 女房「待ってや、あんさん。約束してくれはったよね?うちの話を最後まで怒らんと聞くって」

 久五郎「フン、 わかったで。聞くだけは聞いてやる」

 女房「三年前のあの日、うちも舞い上がったよ。 これで方々へのツケが払える、年、越せるって。でもな、すぐに怖(こわ)なった。 あんたは膝屋。
膝屋が殿様の膝を拾(ひら)って届けたりしたら、痛くもない腹を探られてしまうんやないかって。それに、たった一つの膝で百三十両なんて大金を手に入れてしもうたら、あんさん、ますます働くのが馬鹿馬鹿しくなってしまうんやないかって……。 だからうち、あんさんに、殿様の膝枕を拾(ひら)った、てのは夢やったって言い張って、信じ込ませたんやよ」

 久五郎「なんや。わいはてっきり、夢やったんやとばかり……」

 女房「大家さんが代わりに殿様に届けて、褒美の百三十両を受け取ってきてくれはった。うちに蓄えがないと思い込んで、必死に働いてるあんさんに、はよ知らせてあげたかった。けど、この金を見せたら、また元のあんさんに戻ってしまうんやないかって……」

 久五郎「それで、なんで今日、話すことにしたん?」

 女房「さっき、あんさん、商売が楽しゅーてしゃーないって言ったよね。
この仕事をやるために生まれてきたんやって。それ聞いて、この人はもう大丈夫やって思えたの。やっと言えます。あんさん、ずっと嘘ついてて、かんにんな。三年も嫁さんに騙されてやなんて、腹立つやろう。許せんやろう。うちの話を最後まで聞いてくれておおきに。この先は、気の済むまで怒るなり、どつくなり、してください」

 久五郎「どつくやなんて……頭上げてくれ。頭下げるのはわいのほうや」

 女房「え?」

 久五郎「わいのために思おて、ずっと腹に納(おさ)めてくれとったんやろ。辛かったやろ」

 女房「あんさん……」

 久五郎「あのまんま殿様の膝枕を金に換えとったら、あっちゅう間にその金を酒に換えて、ますます働くのが馬鹿馬鹿しくなっとった。酒より商いのほうが面白(おもろ)いなんて、知ることもなかった。わいの嫁さんがどんな、ええ女か、気づくこともなかった」

 女房「あんさん……」

 久五郎「よぉ夢にしてくれたなぁ。おおきにな」

 女房「あんさんこそ、ええ男やよ……ああ、やっと胸のつかえが取れた。
こんな晴れ晴れした気持ちは三年ぶりやよ。ねえ、あんさん、一杯呑まへん? 祝い酒に。」

 久五郎「祝い酒か。 酒を飲みながら、除夜の鐘が聞けるやなんか、ええもんやなぁ……いや、やっぱりやめとこ。また夢になるとあかんし」

 女房「夢になんか、ならへんよ。うちが夢にしぃひんよ」

 久五郎「実を言うとなぁ、酒はもう欲しくないんや」

女房「あんさん、ほんまに変わったね」

 久五郎「ああ。もう酒には溺れへん。どうせ溺れるんやったら」

 女房「! ちょっ!あんさん! びっくりするやないか。いきなり、うちの膝に飛び込んできて!」

 久五郎「このやわらかさ。この沈み心地。やっぱり生身の膝にはかなわへんわぁ。この膝があれば何もいらへん」

 女房「あんさんったら。こんな膝で良かったら、好きなだけ甘えておくれよ。あんさん、この三年、休みなしで働いてくれはったんや。しばらく浜に行かへんで、ええんやで」

 久五郎「いや、浜にはもう行っとる」

 女房「あんさん、もう夢、見とんのかい?」

 久五郎「ここは……日本一の膝の浜や」


ここまで読んで頂きまして、ありがとうございました。

※ この作品をclubhouseなどで、お読みになる方へのお願い 
 前説以外の部分は、自由に読んで頂いても大丈夫ですが、いつ読むなどをお知らせいただけると喜びます。
(前説部分を読むのは、ご遠慮ください)


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