15〜バクシーシ〜

 暗いうちから目覚める。稲光がまだしている。お父さんは起きてカメラなど用意しているが、中止だ。これで3回ともオジャンになった。

 朝食はいつものようにオムレツにトースト、ティだ。パンは10cm位の長方形の食パンを5mm位の厚さに切って焼いてくれる。バターやジャムが器に添えてある。今朝はオムレツではなくフライドエッグにしたが、黄身は白っぽくて生焼けだと気持ち悪い。

 卵といえば、日本でこれと値段の変わらないものもない。小さい頃は15円位で、今も安売りだとそのくらい。物価の安いインドで1個2ルピー(1ルピー=8円)位するからたいへんなものである。

 後日、列車の中でゆで卵を買って食べようとしているところへ、物乞いの子どもがアルミの器を差し出してきた。お父さんか自分のゆで玉子をそれに入れてあげると、その子はびっくりして駆け足でもどって行った。

 ――ついでに言わせてもらえば、子連れ旅行中に物乞いの子どもから“バクシーシ”をされると、どうしても情け深くというか、財布のヒモが緩みやすくなってしまうのは人情というものであろう。まして、同じ年代の子を持つ親としてならなおのことである。まさか、その子の見ている前で堂々と、わが子が玉子をパクついている姿を見せるわけにはいかなかった。たとえ物乞いの子どもが、我々の様子を知った親たちに指図されてきたとしても…――(夫)

 子どもたちは、またお菓子を買いに行く。でもポニーのおじさんに“乗れ、乗れ”と言われて、怖くなってもどってくる。呼吸をととのえてまた出かけ、今度は買って来られた。

 昼はキャベツ入りみそラーメン、緑茶に羊羹、干しカレイも焼いてニコニコ食べる。雨の中、お父さんは 、トレッキングの入域許可をもらいに出かける。娘たちは運動不足なのか、ちとうるさい。

 夜はダージリンでの夕食も最後になると思い、お気に人りのグレナリーで思いっきり食べる。停電で、各テーブルに灯したろうそくがいい雰囲気だ。

 隣のテープルの、ボンベイから避暑に来たという美しいインド女性が、娘のはおに挨拶の“チュー”をしに来てくれ、「とても幸せな家族で良いですね」と言って、子どもたちにキャンデーをくれた。

 ダージリンははじめに来たときよりも雨が多く、寒い。

 25日、雨。 トレッキングは中止だ。行く気をなくさせる降り方だ。近くの村までと思ったが、この天気ではどうしようもないし、ヒルもいっぱいいるだろうし...。

 オブザーバー・ヒルをまわって散歩をする。どこから集まって来たのか、道に観光客目当ての乞食の列か続いている。激しい雨になり、道中で雨やどり。シッキムいらい雨ばかりだ。モンスーンが明ける最後のあがきなのだろうか。

 トレッキングを中止にしたので、日本食を景気よく食べることにした。アルファ米を炊いて、納豆、すき焼き、みそ汁、おひたしの昼食。子供たちは、できあがりを食器に盛る間もなくガッついて食べる。すごいいきおい!! 毎日ずい分とおいしい物を食べていたはずなのに、純日本風(乾燥食品だけど)には飢えていたんだなァ。お父さんの分はほとんどなくなってしまった。

 暑いカルカッタに行くので、不要になるジャケットや長そでシャツ、長ズボンをネパール人にあげる。宿に取りにきた彼はベジテリアンとのことだが、うるめやするめを食べ、日本酒をおいしそうに飲んでいた。彼は日本に出稼ぎに来たいらしく、帰国後に手紙をもらったが、そのままになってしまっている。

 夜も雨なので外に出ず、赤飯を炊く。昨日の停電のせいで湯が出ないので、シャワーをあきらめる。タシデレおじさん、マネージャー、まねすないでお兄さんたちに別れのあいさつ。またいつか逢えるだろうか。


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