~西シッキムへ~

 9月20日。バスは7時スタート。きのうのブッキングでは「出発の30分前にバススタンドに来い」といわれたので、6時起床。

 見える、見える。部屋の窓からオレンジ色に輝くカンチェンジュンガの白い峰が、ガントク最後の日を飾ってくれる。お父さんが勇んでカメラを手に出かけた間に、子供たちをやっとのことで起こす。

――朝5時45分「カンチが見えるよ」と言われ、うたた寝もそこそこにとび起きた。なるほど、真っ白なそして完全な姿を初めて現わしてくれた。ガスが谷の下のほうに沈むにつれ、徐々に全貌を見せたのだ。朝日を受け、オレンジ色に染まってゆくその姿は静かで厳粛な一瞬だった。凄い。窓を開け、シャッターを一枚押して外に出る。坂道を上がって一段高いところに立つと、右の方にもかすかにシニオルチューらしき白い穂先が見える。ビューポイントに行っていればもっと...。だが、何枚かシャッターをきって部屋に戻るころには、カンチェンジュンガは再びガスの中へと隠れてしまった――(夫)

 バススタンドは坂になった道路わきの、ちょうどツーリスト・オフィスの裏側になる。ちょっとしたスペースしかなく、いかにも狭苦しい。

 昨日予約しておいた、チケットに書いてあるナンバーのバスを探す。シッキムではバスに行き先表示が全くない。ナンバープレートのナンバーで判断するのだ(その点タクシーは、屋根に TAX マークをつけているので分かりやすい。インドでは黒と黄色のツートンカラーがタクシーの代名詞で、 TAX マークというのは見かけなかった)。

 ところが、いくら探しても私たちの行くゲイジング (GEYZING) 行きのバスはない。所狭しと何台も停まっているバスの間を縫って聞いてまわり、ナンバーを探すが見当たらない。そちこちの人に聞いてもラチがあかない。お父さんはチケット売り場の階段を行ったり来たり、何度も確認にいく。答えはナンバーに変更なし。

 その間、子どもたちは朝食がわりにパンをかじって待っている。そのうち 7時をとうに過ぎ、焦りに焦ってくる。7時半を過ぎた頃「これだ!このバスに変更だ!!」。バタバタと乗り込んで、バスはすぐに出発。フランス人女性ツーリスト2人も乗っている。他はみんな現地の人だ。

 長距離ローカルバスは次つぎと人を乗せていく。前のほうに5席確保(ブッキングのレシートには座席のナンバーがちゃんと書いてある)してあったのが詰めて4席になり、子供をひざの上にのせて3席となった。

 山を下り、その分、何百メーターかを登り返し、S字カーブを曲がり、段段畑を抜け、数え切れないほどの滝を見る。道幅が狭く、対向するバスと窓ガラスにある鉄格子がこすれあう。雨上がりのぬかるみ山岳道路だからよけいに大変だ。一歩間違えば当然ながらの大事故につながる。だから立っていては大変なのだ。指定席だからなどとはいっておられないのである。

 暑い大きなバザールでひと休み。茶屋でトイレのみ借りてチップを払おうとしたら「止しとくれょ」という感じで受け取らない。バザールからは登りが続き、ガントクから6時間のバスの旅でゲイジングに着く。ここはウェストシッキムの中心地と思っていたのに、たいへん小さなバザールだ。

 バススタンドのまわりには店が数件あるだけ。果物などを買う予定だったのに何もない。目的地ペマヤンシー (PEMAYANGTSE) 行きのバスは夕方までない。乗合いジープも出払っているのか、一台もない。近くにいたお兄さんがあちこち当たって呉服屋に相談し、そこを紹介してくれた。お父さん
が交渉にいく。

――でっぷりと太ったクルタ服の店の主人はデンと構えて正面に座り、黒ぶち眼鏡の奥からうさん臭そうな目つきで私を見る。隣に座っているのは奥方であろう。これまたたっぷりと太って、愛想のない挨拶をする。いやだなと思ったが、私がジープに不自由していると分かると、案の定ふっかけてきた。法外な値段(とはいっても相場が分からなかった)に断って店をでる。だが、外には手段が無い。ふたたび入る。やっと折り合いがつく。主人に言わせると「レディース料金なのだ」そうだ。後ろの呼び鈴を押すと、息子らしきお兄さんが階段を降りてきた。ジープは新車で、15分走って100Rs (約800 円)だった(帰りは同じ道路を平気で 120Rs払っているから不思議だ。もしかすると、これが相場なのかもしれない。) ――(夫)

 サングラスに鼻ヒゲのおじさんは赤いジープをすっ飛ばして、細い山道を登りつめる。山のてっぺんの360度開けた天国の丘みたいなところに「Hotel Mt. PANDIM」がある。州政府関係のツーリスト・ロッジのようである。ガラーンとしていて、従業員はのんびりというかダラ~ッとしている。

「昼ごはん作れるけどどうします? 2km先にもレストランがあるけど」と言われ、散歩がてら出かける。けっこう歩きでがある。ペリング (Pelling)という集落にあるレストランで、ハンサムなおじさんが張り切って作ってくれたトゥクパ、チョウメンがおいしい。

 宿に帰ってみると、団体さんが来ている。ドイツ人のグループだ。長旅の末にやっとたどり着いたという感じで、ワイワイガヤガヤ茶や酒を飲んでいる。 “今夜は私達だけかなあ"と思っていたところに、突然のにぎやかさだ。

 このホテルは丘のうえにポツンと建てられている。まわりはぐるり山また山、すばらしい眺めだ。

 部屋の窓は全部ガラス窓になっていて、建物はカンチェンジュンガに向かって建てられている(が、雲の中)。日暮れると暗い海のように、ポツリポツリと明かりがともる。これだけ広いガラス窓というのは、インドには無いんじゃないだろうか。嵐や寒さの時は、ちょっと厳しそうだな。

 19時に夕食をたのんだのに(このホテルは食事付なのだ)なかなかできなくて、 19時半にやっと出来てくる。野菜(キャベッ、いんげん)のカレー煮、鶏肉のカレー煮、ダルスープにご飯。野菜カレー煮はとってもおいしいが、子供たちには辛くて食べられない。ふりかけを持ってきて、パラパラのごはんにかける。思いがけず3人ともよく食べる。ダルスープは豆のスープだ。 日本のみそ汁のように、インドの食事にはつきもので、定食をたのむと必ずついてくる。

 明日はジープでヨクサム (Yuksom) の方に行くことにする。手足をふいて“さあ、寝よう!”となってベッドの毛布をまくったら、 “ャ、ヤッ!" ねずみのうんちが白いシーツに点々と......。 この宿の不潔というかルーズさ、ここに極まれりというところだ(でも年金生活の旅人になったら『再び広いガラス窓越しにカンチェンジュンガを眺めにくるぞ!』と、思っているけど)。部屋は広いがベッドが2つなので、今夜は姪っ子がはじめて床に寝るのにトライする。銀マットの上で“虫がいないと良いがなぁ"と心配しながら。


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