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ショートショートバトルVol.7〜「アタシはバリア」金軍(谷津矢車、今村昌弘、佐久そるん)

タイトル「アタシはバリア」

(お題:アリバイ)(ムード:キュンキュン)

【第1章 谷津矢車】

孵化することのない夢を抱えたまま、麻衣の一日は終わりを告げた。

「ぜーんぶ、終わっちゃった……」

 誰もいない公園で、近くのコンビニで買った缶コーヒーを口につけた。ひどく熱い。暗い空を見上げたその時、冷たい風が麻衣のベージュのコートを揺らし、体の熱を奪っていった。

 指先がひりひりする。火傷したようだ。息を吹きかけながら、屈辱のオーディションの様子がフラッシュバックした。

 麻衣はオーディションの審査員席に座っていた、鳥打帽を逆にかぶった男――、演出家の顔を思い出した。こちらを見る細い目は、役者を見定めるというよりは、麻衣の女の部分を透かして見る、男のいやらしさを感じた。

 気持ち悪い。

 麻衣は中身の入った缶ごとコーヒーを捨てた。

 今回のオーディションは、間違いなくラストチャンスだった。29歳。田舎の母親からは早く帰ってこいと電話のたびに叱られている。これがラストチャンス……。それは、これまでずっと役者としてやや浮ついた生活を送ってきた麻衣にだって自明のことだった。

 でも、あの演出家は言ったのだ。あの大阪弁の演出家が――。

「あんたには才能ないわ。早(はよ)う荷物まとめて田舎に帰り」

 才能がないなんて、言われなくてもわかってる。

 もしそんなものがあったなら、とうの昔にレッドカーペットの上を歩いている。

 でも――、あんたには言われたくない。それに、あんな奴に自分の限界を宣告されたくなかった。

 歯噛みしながら麻衣が石を蹴ったそのとき、後ろから声がした。

「オーディションにいた人ですよね。『アタシはマリア』の」

 『アタシはマリア』。舞の受けた、最後のオーディションの作品だ。ちなみに麻衣は主人公であるマリアを受けて、落ちた。

 振り返ると、公園の入り口に一人の男が立っていた。

 この寒いのにワイシャツに黒いパンツ姿の青年。二十五歳くらいだろう。とてつもないイケメンだ。だが何より、麻衣はその声に心をつかまれた。人の心を包み込むような優しさと、人に否と言わせない強制力の混在した、不思議な声色だった。

 麻衣は思い出した。この人、オーディションを受けていた人だ――。控室ですれ違ったのをいまさら思い出した。

「そ、そうですけど」

 震え気味に麻衣が答えると、その青年はいきなり、剣呑(けんのん)なことを切り出した。

「お願いします。僕のアリバイの証人になってもらえませんか」


【第2章 今村昌弘】

アリバイ。

その不吉な響きに麻衣は言葉を失う。

「アリバイの証人になるって、どういうことですか」

すると端正な男の顔に、ぎらりと鋭い光が灯った。

「我々の夢を掴むために、運命共同体になるのです。あなたはさっきのオーディションに人生をかけていたのでしょう。ですが不運だった。実は合格した女性とあのいけ好かない演出家は、デキているんです。業界では力を持っている人ですから誰も逆らえないんです」

なんということだろう。話を聞いて、麻衣はあの演出家の態度にようやく納得がいくとともに、ふつふつとマグマのように怒りがわき上がってきた。

男は話を続ける。

「僕の見たところ、あなたはオーディションを受けたヒロイン役の中で一番演技力があった。そして僕も同じく、次点で男優の座を逃した。ここでは言えませんが。そこで我々は交換殺人をするのです。あなたはあの演出家を、僕はヒロイン役の女性を殺すのです」

自慢げに策を披露する男性。その声を聞いているうちに、麻衣の胸が激しく動悸を打ち始めた。

怒りのためか、興奮のためか。よくわからないが、気がついたときには「やりましょう」と答えて男性の手を強く握りしめていた。

計画は極めて順調に進んだ。互いの標的となる男女の生活習慣を調べ、いつどこで殺害するか、綿密な計画を練った。

「君という協力者を得られたことは僕にとって最高の幸運だった。これで僕たちの輝かしい未来は保証されたも同然だ」

計画実行の前日、男性は麻衣の手を強く握って熱く告げた。その熱にあてられたように、麻衣の頰も火照る。

どうしたのかしら。

私は自分の将来のために人を殺そうというのに。

「それでは明日は計画の通りに。僕は君の、君は僕の標的を殺すことで互いのアリバイを保証し、守り合うんだ」

最初は怒りのために始めた計画だというのに、いつの間にかこの男性と計画を練ることがすごく楽しくなっている。それももうすぐ終わり。標的を殺せばこの関係は終わってしまう。

次の日。

麻衣は計画通り、男優の座を射止めた男が行きつけのカフェから出てくるところを待ち構えた。男は整った外見をしてはいるが、麻衣の相棒である男性と比べると明らかに見劣りをしており、彼が選ばれたのはどう考えてもおかしい。

男が帰路の途中、滅多に人の立ち入らない路地に入ることは計算済みだった。そこを見計らい、麻衣はナイフを構えて後ろから突進する。

ズブリ。

ぞっとするような感触が手に伝わった。

やった。

そして、これが彼との関係の終わり。

すると、背中を刺され地面に倒れ伏した男の口からつぶやきが漏れた。

「う、うう。どうやら、うまくいったんだな」

どういうこと!

麻衣は耳を疑ったが、人の気配が近づいたので急いでその場を離れた。


【第3章 佐久そるん】

うまくいった。本当は選ばれたくなかった。なのにあの演出家は。

やつはぼくを気に入って、才能がないというのに、役に抜擢したのだ。彼のほうが演技力があるのは誰の目にもあきらかなのにだ。こんなことが許されていいわけはない。

彼とは演劇学校の同期だった。包み込むような優しさにあふれた声、それでいて、否と言わせない強制力を持つ声。その声は、観客を魅了することだろう。

彼が舞台に立つべきだ。ぼくではない。失意に打ちひしがれた彼のために、ぼくができること。来る日も来る日もそれを考えた。


その日が来た。最初は気づかなかったが、付かず離れずの距離に人がいる。いつものあの女だ。ぼくをつけている。今日だけではない、何度もつけてきていた。知っている。

今日か明日か、その日を待っていたが、ようやく待ち望んだ日が。

ズブリ。

意識が飛びそうなほどの強烈な刺激。痛みは全身に広がり、急速に感覚が失せる。ぼくは地面に倒れていた。


彼の部屋に置いてきたミステリー小説。何冊も何冊も置いてきた。どうやら読んでくれたようだ。演出家が女好きだというデマも囁き、交換殺人の種を蒔いておいた。

ぼくの部屋には、ぼくを探っている女の写真。ツイッターにもストーカーにあっていることを匂わせておいた。犯人はあのどうでもいい女になる。彼じゃない。あの女が彼を守るバリアになる。

ぼくが彼にできること。それは命を投げ出すことだ。ぼくが死ねば、彼が正しく役を得るだろう。もう彼には会えないけれど、悲しくはない。舞台に立つ彼を思い浮かべると、喜びで胸が震える。気づくと、嬉しさが言葉になって漏れ出した。

「う、うう。どうやら、うまくいったんだな」


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9月19日(土)京都 木屋町「パームトーン」で開催された「fm GIG ミステリ研究会第21回定例会〜ショートショートバトルVol.7」で執筆された作品です。

顧問:我孫子武丸
参加作家陣:川越宗一、木下昌輝、今村昌弘、水沢秋生、最東対地、尼野ゆたか、稲羽白菟、山本巧次、大山誠一郎、延野正行、円城寺正市、緑川聖司、佐久そるん、谷津矢車、田井ノエル

司会:冴沢鐘己、曽我未知子、井上哲也

上記の作家が、木軍・火軍・土軍・金軍・水軍に分かれてリレー形式で、同じタイトルの作品を即興で書き上げました。

また、それぞれの作家には当日観客からお題が与えられ、そのワードを組み込む必要があります。

さらに「ムード」の指定も与えられ、勝敗の基準となります。

当日の様子はこちらのアーカイブでご覧になれます。


「アタシはバリア」(BBガールズ)はこんな曲です。(詞・曲/冴沢鐘己)


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