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Wrong Japanese can be cool for Japanese

現地の情報を知るのに使っているトロントの情報サイトblogTOにこんな記事が載っていた。

内容はビルボードにトロントの音楽家がたくさん載りましたよというどうでもいいものなんだけど、見出しのこの画像。

首位を獲得したThe Weekndのライブの様子のようで、合成に見えるけどこのネオン看板は舞台美術として実際に置かれているようにみえる。

この間違った(ダサい)日本語、最近いろんなところで見かける。


元々間違った日本語の先駆者Superdryや、Vaporwaveまわりのネット音楽シーンの流れなどで流行ってるのは感じてたけど、カナダに来る直前に観たニール・ブロムカンプ(Neill Blomkamp)のチャッピー(Chappie)での「テンション」に衝撃を受けたり、

こちらに来てからもそういう服を来てる人によく会うし、実際ファストファッションブランドのH&Mでたくさんその類いの服を見かけたりして、


元々タトゥーに漢字を選ぶ人はかなり多かったりして、外国人が日本語をクールだとみていることは知っていたけど、その流れがまたひとつ更新されたのかなという気がしている。


で、これらの日本語は確実に間違っている(ダサい)し、大手の服飾会社がブランドを背負ってまでなぜ間違った(ダサい)日本語をそのまま出すのかこれまでずっと不思議に思っていたんだけど、最近は逆にこの間違い(ダサさ)加減がカッコいいのではないかという気にさせられている。

おそらく彼らは日本語を言語としてではなく、デザインのツールというかロゴとしてみているんだと思う。

もちろん意味はなんとなく調べてるんだろうけど、なんとなく以上のことは絶対にしてない。だってする必要がないから。日本語としての正しさよりもなぞられた文字全体の形がクールかどうかの方が作り手にとっても、着る人にとっても重要だろうから。


だから自分がこれらに感じているカッコよさと彼らが感じているものは違うのかもしれない。

日本語が分かってしまう自分にとっては、日本人にはない感性(文法しらないから当たり前だけど)で紡がれる、言いたい事は推測できるけど確実におかしな、少しかわいらしくもあるダサい日本語たちが妙に新鮮で、スタイリッシュにさえみえてくるのだ。


ってのは個人的な意見なのかな。

とにかく、チャンスがあればいつかパーカーの一枚でも入手してやろうと密かに思っている。

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