ラーメン屋で起こった不憫な事件

僕はよく「優しそう」と言われることがある。
他にも良い人そうだとか、怒らなさそうだと言われる。どうやら平和的で無害な人間だと思われているようだ。
確かに普段から怒ったりしないほうだが、決して褒められてるとも思えない。

というのも、僕は“怒らない”というよりは、“怒れない”のだ。

怒るということは、自分の感情をあらわにすること。人見知りで、常に気を遣ってしまう僕には到底できない。それに怒ることは、自分の正しさを相手に主張することでもある。つまり、相当な自信とコミュ力が必要なのではないだろうか。

もちろん、日常で迷惑をかけられてイラッとするくらいのことはある。でも、それを相手に伝えようなんて思わない。
とにかく、余計なコミュニケーションを排している僕に、怒るという選択肢なんて存在しないのだ。そうやって生きてきたから、いまさらどうやって人に怒るのかも分からない。(学校で教わることもないし)

それに、根本的な問題として、そもそも僕には怒る相手がいない。
日常で人に怒るシーンとしてよくあるのは、上司が部下に怒るとか、彼女が彼氏に怒るとか。あとは友達にキレる人もいるかもしれない。

しかし、僕は大学生なので部下はいないし、もちろん彼女もいない。友達と言っても、年に1、2回しか会わない。

そんな状況なので、怒るということに関して、まさに八方塞がり。
怒る能力のある人があえて“怒らない”のと、最初から“怒り方がわからない”のとでは、わけが違う。僕は、後者の自己主張ができない人間なのだ。

そんな僕だから、普段から何かとトラブルに巻き込まれる。

先日、ひとりでラーメンを食べに行ったときのこと。その日は花粉がすごく飛んでいて、花粉症の僕には辛い日だった。

しかし、僕はティッシュを持ってくるのを忘れてしまった。仕方がないのでドラッグストアで、ポケットティッシュを買うことにした。ティッシュなんて道端で無料でもらえるから、わざわざ買うのはもったいない。

ここで普通のティッシュを買っても負けた気がするので、あえて「鼻セレブ」を買ってみることにした。ふわふわで、どれだけ鼻をかんでも痛くならないアレだ。今まで僕は普通のティッシュしか使ってこなかったので、これが初めての鼻セレブデビューである。

さっそく一枚使ってみると、想像以上のなめらかさに、「なんだこの貴族のティッシュは!」 と衝撃を受けた。

これはうかつに使えない。一枚一枚使うたび、「もうちょっと我慢できるのではないか、」と考えてしまう。ティッシュを買うことによって、逆に鼻をかむのをためらってしまうという矛盾に陥ってしまった。

そんな中、いよいよラーメン屋に入った。一人なのでカウンター席に案内された。汚い話で申し訳ないのだが、ラーメンを食べていると鼻水が出やすい。今一番避けなければいけない食べ物だと、ラーメンが届いてから気づいた。

そして残念なことに、そのお店はティッシュを置いていなかった。となると僕は仕方なく、自分の貴族のティッシュを使わなければならない。こんなところで大量に消費してしまうのはもったいないが、背に腹は変えられない。

そうして命を削るような思いで、自分のティッシュを減らしながら食べていると、隣の席に三人組の男子高校生がやって来た。

ここで、悲劇が起こった。

僕は自分のティッシュを、テーブルのレンゲやコショウのすぐ横に置いていた。すると、お店のティッシュと勘違いしたのか、隣の高校生が「鼻セレブじゃん!」といって僕のティッシュを一枚取ってしまったのだ。

それを皮切りに、周りの友達も次々とティッシュを使っていく。僕の鼻セレブはみるみるうちに減っていった。

別に、彼らに僕のティッシュを提供するのは構わない。しかし、それを持って帰ろうとすると、 僕がティッシュ泥棒みたいになってしまう。「うわー、あの人、鼻セレブ持って帰ったよ...」となる。
もうこの状況では、僕はこのティッシュを持って帰ることが許されないのだ。

一言、「一応これは 僕のティッシュだけど、どうぞ使ってください」と言えば済む話ではある。しかし、いまさら恥ずかしくて言えない。僕は自分の権利を主張することが苦手なのだ。

結局、最後まで言い出せず、諦めてお店に献上することにした。

僕の鼻セレブデビューは文字通りかなりセレブな使い方になった。そして、それ以降買うことはなかった。

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