神さまの名札 第四話

陽が西に傾き始めた頃。山道を駆け上がって来る姿が見えた。
まだ幼さが残る子供だ。その子は一本杉が近づくと足をゆるめ肩を上下させながら目的地を確かめると再び駆け足になった。

枝 高くに腰掛け それを眺めていた姿なき鬼・リクサツは 珍しいこともあるもんだな、と思った。

陽のあるうちに呪いの願掛けに来たことがひとつ。それが幼い子どもであることがひとつ。しかし次には子供が故、陽のもとに来ることは当然かもな、と思い直した。

なんにせよ、この人喰い鬼にとってはまたとない機会で食べ始めたばかりの いわしカレーをどうするか悩みとりあえずは手を止めた。今夜にでも人間を喰えるかも知れないのだ。

子供は杉の幹に、写真を貼り付けた。

姿なき鬼はニヤリと笑った。
めっちゃ悪い顔をした。

子供は両のてのひらを合わせ、目を閉じ、声を張った
「どうか、どうかお守りください」
「十郎兄ちゃんの飛行機に、敵のタマが当たらないようにして下さい」

「?」
なにを言っているのだろう。

「どうか、神さま」

「カミサマ!?」
思わぬ言葉にうっかり足を滑らし手に持ったいわしカレーを落としそうになった。リクサツが体勢を保つべく、身体をよじらせたときその懐から一枚の紙きれがこぼれた。
「!?」
掴もうと とっさに伸ばした手にはスプーンが握られており、空を掻いた。杉の枝の間をぬい フワフワと落下して行ったそれはまだ目を閉じたまま拝んでいる子供の眼前を通過する。

リクサツは幹を駆け下り、回収に向かう。が、その巨体が杉を揺らし枝をざわめかせ子供は何事かとまぶたを開いた。

目の前に札が舞っていた。

その瞬間、子供…典八の受けた衝撃は感動と呼ぶに相応しく自分の願いが神に届いた証だと直感した。典八は札が地面に落ちる直前に両の手で捉えると
深々とお辞儀をし
「これから毎日、お参りに来ます!」
と言って走り去った。

「…」
子供より早く札を回収することは出来たはずだった。

リクサツは杉の根本で呆然と立ち尽くした。カレーさえ持っていなければ…

思い出したように貼られた写真に視線を送った。制服姿の凛々しい青年が写っていた。

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