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腰椎麻酔ー超音波ー医療経済

超音波を用いた腰椎麻酔の利点についてsystematic review
帝王切開に対する区域麻酔、に関連する記事. 帝王切開に対する腰椎麻酔・硬膜外麻酔の優位性が今後変わることはない. 帝王切開以外の手術、特に下肢手術・鼠径ヘルニア・生殖器領域では、腰椎麻酔が患者にとっても優しい麻酔方法である. しかし、この麻酔方法の一番の欠点(だと僕が考えている)のは、手技がいまだにランドマークと術者の技量に頼っているということ. 手術がダビンチや4Kカメラとか様変わりしているのに、麻酔は手の感覚だけでやるのはどうなのかな. 話は変わるがダビンチだけでなく、最近は国産の手術支援ロボットも登場したようである. アジア人向けには広く応用できそうに思うが…ダビンチを凌ぐことはできるだろうか. 

神経軸麻酔は肥満患者、腰椎の変性、痛みに敏感な患者の場合、手技が難航し多くの麻酔科医の手が必要になることがある. ある試算によれば、手術室で1分ごとに手術が遅れると約4000円の損失が生まれるという. この試算はカリフォルニアのものであり、日本とは医療費の規模が違うから単純な比較はできない. かなり大雑把な比較で言うと、日本はアメリカの大体10分の1の医療費規模なので日本の手術室では1分あたり400円の損失ということになる. 仮に腰麻や硬麻の手技の遅延で30分から1時間手術が遅れるとすると、12000円から24000円の損失になる. 日本は医療費の大部分を保険料と税金で賄っており、おまけにどんどん医療費は膨れ上がっているから、こういった損失はできるだけ抑えるべきである. 往々にして公衆衛生や医療政策は、話が大きくなりすぎて、何か遠く離れた話題のように感じる. 自分に照らし合わせるとどうなのか、自分が今いる現場に当てはめるとどうなのか、という風に考えるとよりイメージできると僕は思う. 東京ドーム何個分、ラーメン何杯分といったように. 
閑話休題. 

エコーを用いた手技は広まっていて、CVライン・Aライン挿入、AVシャント確認、区域麻酔は超音波を用いるのがスタンダードである. そこで、腰椎麻酔にも超音波を使ってみたらいいんじゃない?というのがこの論文の趣旨. 3つの疑問を取り上げてレビューしている. ①超音波を使うことで正しい脊椎レベルを同定できるか?②超音波を使うことでくも膜下腔までの距離と針の挿入方向を確認できるか?③超音波を使うことで麻酔に伴う合併症を減らせるか?

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結論から言うと、この論文では3つの疑問に対して「超音波を使う方が良い」としている. メタアナリシスの結果として統合された結果も有意差あり(超音波が望ましい)で、手技施行の失敗に関しては研究同士の異質性もなし. 推奨レベルはAかBと高め. こういった「大賛成!!」みたいな論文はしっかりdiscussionの欄を読んだ方が良い. …がdiscussionの欄でもこの結果をまあまあ手放しで評価している.
では実際、明日からの臨床でエコーガイド下に腰椎麻酔をするか…というと、「したいけど教えてくれる人がいない」からやらない、となるような気がする. 上級医達はやはりランドマーク法と触診で今までやりくりしてきて、その分技術も持っておりその方法で研修医に教えるからだ. 超音波を用いることによる、研修医や専攻医に対する教育的利点も研究で示せればなお良いだろう. 

ということで、この論文に提示された3つのように超音波が安全で確実な方法なら、それはそのまま超音波ガイド下麻酔が経済的 economicalであると言えないだろうか?安全性はもちろん担保されなければならないが、cost-effectivenessという概念を日本の医療はもっと考えないといけない. 先にあげたような手術室運営にかかる金銭的負荷を調べた論文がもっと出てくれば良いが、日本では医療経済を臨床医が考えることはなく、また政策を考える行政は現場の医療を知らない. そして、臨床医が医療経済を学ぶ機会もかなり少ない. 僕のような研修医や専攻医は、日々の手技や患者さんの診察や足りない知識の収集で手一杯で、医療全体のことは考える余裕がなく考える必要もないのかもしれない. 「そんなことよりまずは目の前の患者さんに集中しろよ」と. 至極ごもっともである. しかし、そろそろ日本の医療は人的資源も財源も限界に来ている. 経営や診療報酬、医療費のことはベテランの先生が任されているが、むしろこれから医療現場の主力となる我々が各々できちんと議論できる意見を持っておく必要があるのではないか.

今回の論文はこちら
http://dx.doi.org/10.1097/AAP.0000000000000184


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