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なぜ外資と日系で証券会社の労働時間が異なるのか

外銀から日系証券に年収を下げて転職した時の経験談を書いたところ、複数の方から「日系でも激務のところはあるのでは」「日系といってもそんなに早く帰れることある?!」「そもそもなぜ日系と外資で労働時間がそんなに異なるのか」というご質問を複数の方からいただきました。

前回のエントリーの補足という位置づけで、「なぜ外資と日系では労働時間が顕著に異なるのか」という理由の私見を書きたいと思います。


日系でも激務のことはあるし、外資も今はホワイト化してきている

まず、前回のエントリーで書いた「20時にはほとんどの人が帰っている」というのは私が知る限りで最もゆるい環境であったことは間違いありません。大手なんですけどね。午後5時ちょうどに帰る人の存在を初めて目撃したのもこの会社です。「他の証券会社をすべて歴任して、もう疲れた人が最後に来るラストリゾート」などと自虐的に言う社員もいました。私としても
、外銀での激務のリハビリとしては最適な環境でしたが、慣れてくるとさすがにぬるま湯過ぎることは気になってくるところではあり、後にもう少し忙しくてもう少し給料の良い同業他社に転職することになります。結果的に離れたとはいえ、リハビリ期間として受け入れてくれた当該証券には感謝しています。

そして、同じ日系とはいえやはり激務の会社はあり、そして部署によって、ボスによって、そしてタイミングによって激務度は異なってきます。「日系なのに外銀と同じタイムラインで働いとるやんけ」と思うような人やチームも存在し、そういう人は実際に外銀に転職していくケースがよくありました。英語さえできればやっていることはほぼ変わらず、そして給料は外銀の方が良いからです。

逆に、最近の外銀はかなりホワイト化してきています。働き方改革の波は外資にも及んでおり、昔なら考えられなかったような運用で働いているという話も聞きます。土日は基本的に休みだとか、インターバル8時間制度があるとか(※退社時間から次の出社まで8時間は休まなければならない制度)。しかも基本給は当時よりも上がっているという。リーマン・ショックを生き延びた身からすると羨ましくて仕方がありません。

というわけで、今では外資と日系の働き方の差はかなり縮まってきているとは言えるでしょう。それでも、働き方改革は日系の方にも及んでいるところであり、日系の方が昔より顕著に激務になったわけではありません。まだまだ構造的には日系の方が楽なのではないかと見ています。ではその構造的な差異とは何か?

日系(特に銀行系)はケイレツの会社から半自動的に案件が来る

これですよこれ。就職活動の時に、日系証券の人が学生を誘う定番の売り文句は「外資は給料が良いかもしれないけど案件が少ないから経験を積めないよ。日系はたくさん経験が積めるよ」なのですが、それはかなりの程度本当です。日系の方が案件数が圧倒的に多い。その一因は、証券会社のケイレツ企業、特に銀行の融資先から頻繁に案件が来るという構造に起因しています。「銀行で融資しているのだから証券にも案件をください」ということは優越的地位の濫用とみなされて禁止されていますが、そんなことを言わなくとも銀行の偉い人と企業側の偉い人が懇意であれば、「今回の案件は他社グループさんにお願いしました…」とはなかなか言いにくいものです。少なくとも不利には働きません。

顧客の同意さえあれば銀行と証券は顧客情報を共有できるため、その点でも有利です。他社が暗中模索で提案活動をしているところ、自社はアタリをつけて提案ができるので、無駄な提案時間が減ります。それだけでも労働時間が減るわけです。

それどころか、実は多くの企業、とくに中小型企業が銀行のツテを縋って証券会社に助けを求めてきます。外銀では大型ディールしか追わないため、どんな案件でも証券各社が入れ食い状態で提案している様子しか見てきませんでしたが、日系証券は小さい案件も扱っており、競合がいない案件も少なくありません。サイズが小さいディールや、企業の性質から見て筋の悪い案件は必ずしもリスクに見合う採算が取れるとは限らないため、銀行から頼まれてしぶしぶ引き受けるケースさえあるのです。当然、このようなケースでは提案活動さえ行われません。競合がいないからです。

この類型で私が最も驚いたのは、「ケイレツだから君のところに頼まざるをえないけれども本当は頼みたくないんだ」と真正面から言われたケースです。カバレッジバンカー(顧客の窓口)がサボりまくっていたのでその顧客は業を煮やしていたのですが、誰しもが知る強固なケイレツであったため案件から外すことができず、プロダクトサイドだった私に愚痴をこぼしたという経緯でした。「顧客から嫌われているのに案件を貰えるとかスゲェ!」と感心したものです。

というわけで、一つの案件を獲得するために必要な労力が外銀と日系では異なるということが労働時間の差異の一つだと見ています。

(※なお、日系では小粒の案件が大量にあるということが労働時間を押し上げる要因になっています。そのことは経営もわかっており、小粒案件は採算が悪くなるため、「いかに顧客からの依頼を断るのか」という点も毎年のように議論になっています。この点も、案件獲得しか議論してこなかった外銀とは大きな違いでした)

日系は従業員の人数が多い

日系と外資の社員の数も労働時間を決める大きな差です。同じ投資銀行部門(IBD)でも、日系であれば500人~1,000人近くいますが、外資であれば50人~200人という規模で、文字通り桁が違います。

もちろんそのぶん顧客の数が異なるのであり、上記の通り中小型企業や中小型案件も手掛けているからこその大人数なのですけれども、一つの大型案件を追うことになった時に割けるリソースもやはり大きな差があります。大型案件のために小型案件を犠牲にして社員を投入する、という選択肢を日系なら取れますが、外資はもともと人数が少ないので大型案件が来たらそのぶん激務になるだけです。ざっくりと、一つの仕事にかける人数は3倍違うという感覚です。顧客に赴く人数も大きく異なり、外資なら2人で訪問するところ日系だと6人になることはザラです。私が経験した過去最大の人数は、銀行側や系列のコンサル側も併せて20人が訪問したケースでした。多すぎです。

カバレッジにしたって、外銀だと1人のMDが30社くらい担当していることは普通にありますが、日系だと1人のMDが担当するのが1社だったりします。もはやその企業への出向みたいな扱いです。1社というのはさすがにややレアなケースとはいえ、顧客対応が細分化されているので、異動時や年末年始の挨拶回り一つとっても費消する時間がずっと少なくて済むのです。

人数が多いことが仕事時間に及ぼす効果は、単に仕事を分担できる効果に留まりません。自分がデスクにいなくても誰かはカバーしてくれている、という安心感は絶大なのです。つまり、ちゃんと休めるという点が大きく異なります。外銀のようにキツキツの人数で回していると、自分が休んでいるときにその仕事をバックアップする人がいないということが普通に起こります(特にリーマン・ショックの後で人が切られまくった時など)。そういう時って本当に休めないんですよね。24時間365日、頭が臨戦態勢になってしまうのです。当時バンカーが必ず持っていたBlackberryの赤いランプの点滅が未だにトラウマでたまに幻覚を見るという人がいますが、私の場合はシャワーを浴びるとBlackberryの着信音の幻聴が聞こえるという症状がありました。それくらい、常に頭は仕事モードだったので、なかなか本当の意味では休めなかったんですよね。

それが日系に来たらどうでしょう。余裕で休めます。「お前の代わりなんていくらでもいるんだぞ」という言葉はしばしばサラリーマンのコモディティ性を嘲笑する言葉として引用されますが、「自分の代わりがいることがこんなに楽なのか」と感動したのも日系に来てからです。いや、もちろん外銀でやっていたことだって仕事の内容的には他の人だってできたんですよ。けれども「今、目の前にある仕事」を「明日までに」やれる人物は自分しかいなかったりするわけですよ。「お前の代わりなんていくらでもいる」というのは能力のポテンシャルの話であって、その代わりを採用・異動させるのに1か月必要なのであれば、向こう1か月は自分しかその仕事をできなかったりするのです。そんな環境では「ちょっと体調が悪いから今日は休みまーす」なんて言えません。でも日系では休める。そしてみんな頻繁に休んでいることに驚いたものです。気軽に休める分だけ体調も保てるので、仕事の意欲も回復しやすいという好循環にありました。

このことは顧客から見てもポジティブに映っていることがあり、お客様から「外資のあそこは、バンカーが優秀だけれども人が少なすぎるのが不安。あの人が倒れたり転職したりしたらこの案件は死ぬ」と不安を漏らしていることもしばしば聞きます。日系の場合はチームプレーであるが故に、一人や二人抜けたところで案件が死んだりはしないのです。

(少し横道にそれますが、日系に転職して驚いたことの一つは社員の訃報が頻繁に届くことでした。これは必ずしもネガティブなことではなく、老衰するまで、あるいは病気になってもそのまま雇い続けているということでもあります。亡くなった方の年齢は、外銀ではほとんどいない年齢層でした)

出張にしたって同様で、外銀だと海外ロードショーには1人で同行するのが当たり前でしたが、日系だと2人で同行することも普通にあります。一人が偉い人、1人がジュニアという組み合わせが多い。同行する上司が無能だとジュニアは上司と顧客の両方の面倒を見る必要があって逆に大変だったりするのですけれども(英語ができない役員が海外出張しようとするケースはよくある)、上司が頼りになる人である場合はめちゃくちゃ楽です。顧客接待を上司が、細かいロジはジュニアが行うという分担ができるので海外出張の疲労が大きく軽減されます。

じゃぁ外資も人を増やせばいいじゃないか、と思われるかもしれませんが、人を増やせば増やすほど1人あたりの給料・ボーナスが減ってしまうので、実はそれは社員自身が望んでいない結果になってしまいます。無論、中には「もう少しボーナスが低くていいからもっと休みたい」と思っている人はいるでしょうが、そういう人はまさに日系証券に転職していくわけです。各々がそれぞれの戦略に合った人を集めているだけとも言えるでしょう。

日系は日本の都合に合わせた仕事ができる

「海外拠点が日本の都合に合わせた仕事をしてくれるのか」という点も日系と外資で異なります。具体的な例として「日本企業のために尽力してくれるか」「日本時間に合わせた会議をしてくれるか」というところに象徴されます。

外資系の場合、日本はあくまでグローバルな支店の一つでしかないため、海外拠点に仕事の依頼をしても最優先で取り組んでくれるとは限りません。たとえば株の売り出しであれば、日本株自体に魅力がなくなってきているため(足許の数か月は大きく盛り上がっていますが、「こんなに外国人投資家からの問い合わせが増えたのは10年ぶり」という報道もある通り、稀な状況です)海外のセールスは日本株を優先して売り込んでくれるわけではありません。海外のセールスに「日本企業のフィードバックがほしい」「日本企業とのIR面談を入れてほしい」と依頼しても無視されることなんて日常茶飯事です。

しかし日本企業では全く異なります。海外拠点が支店であり東京こそが本店であるため、東京からの依頼や指示を無視することはありません。日本株を売らないなどという選択肢もありません。あくまで日本の会社であり、日本の企業のために職務が存在しているため、東京にいる身としては大変仕事が進めやすいという利点があります。日系企業では海外拠点にメールをすると必ず返信があることに感動したものです。

本社の場所は細かいロジにも影響が及びます。一例として海外拠点との会議を日本時間に合わせられるという点が大きい。外資では東京時間に会議を合わせてくれることはほとんどなく、NY時間かロンドン時間に合わせざるを得ません。早朝か深夜の会議になることがよくあります。(ちなみに米西海岸との会議が最も楽で、日本時間の午前はまだLAやサンフランシスコの営業時間だからです)

面白いことに、同じ日系でもグローバル展開が強化されている証券会社だとこれらのメリットは薄まります。つまり、日系なのに海外拠点の方が強かったり(東京からの指示が無視されることがあったり)、会議の時間も海外に合わせる頻度が高くなったりします。企業のグローバル度を測りたいなら海外との会議時間を見ればよいのではという仮説を持っています。ですので日系の中でも多様性はあるのですが、しかし意思決定をするのが基本的には東京側であるという点は仕事の進め方を各段に楽にしてくれるのは間違いありません。

日系は時間感覚が遅い

これは構造的なものではなく文化的なものですので「部署による」「ボスによる」ところではありますが、しかし総じて日系の方が顧客からの依頼に対するレスポンスが遅いのは否めません。外銀の時は顧客から質問が来たらその日のうちに(翌朝には顧客に回答を届けられるように)必死に調べて資料を作ったものですが、日系だと「来週までに回答しまーす」みたいな時間軸だったりします。おいおいそんなんでいいのかよ、と半ば呆れましたが、私はどちらかというとじっくり調べて納得のいく回答を提出したい派だったので、この時間軸は大変助かりました。(無論、お客様を待たせれば待たせるほど期待値が高くなってしまう問題も重々認識していますので、まずはオーバーナイトどころかその場で回答することを心掛けてはいます。それだけで顧客は満足することもよくあります)

ついでに言うとスライドの質のこだわりも日系の方が顕著にユルい(統一感がない)ので、外銀の先輩や上司に罵声を浴びながらスライドを直した身としてはもどかしい気持ちもありつつも、細かいスライド修正に時間を使わなくてよくなったことも労働時間の削減に貢献しました。時間軸にせよスライドにせよ、要するに外銀に比べてクオリティが低いということであり、それでも案件が来るという点がより本質的な差異かもしれません。

なお、Excelをはじめとする基本的なITリテラシーは日系の方が顕著に低いため、その点は労働時間を引き上げる要素になっています。表計算ができなくなるセル結合なんてごく普通にあるどころか、画像の送り方がわからず常にエクセルに画像を貼り付けてエクセルデータで送ってくる人とか、中にはプリントの仕方が分からなくていつも部下にプリントさせている人さえいます。私はその人の部下ではありませんでしたが、毎回毎回上司から印刷するだけの指示を受け続けていたら辞めたくなっていたと思います。

まとめ

というわけで、日系を褒めているのかけなしているのかよくわからない感じになりましたが、まとめると「日系はたくさんの社員を投入して、そのぶん外資に比べると給料を抑えつつ、ついでにクオリティも抑えつつ、でも東京が本社である恩恵に浴しながら、グループ全体のネットワークとチームプレーを生かして案件を効率的に獲得・執行しているから労働時間が短い」となりましょうか。

他にも要因を見つけられたら追記していこうと思います。

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