おれはこの人って決めてんの。グヘヘへへ

自転車に乗った日雇い労働者風のおじさんは、そう言うと団地の中の公園に立てられた都知事選ポスター掲示板のどこかを指差した。

おれとカミさんは、そのとき、1日おきの日課(って日課じゃないね。なんて呼べばいいんだろう)の散歩に行く前に期日前投票に行こうとしていた。
誰に投票するかはすでに決めていたけれど、せっかくなので投票前にもう一度、コスプレとバグに彩られた都知事選ポスター掲示板を見ておこうと思い、2人で眺め始めていたところだった。

「全然似てないと思うけどなー」

カミさんがそう言ったのが、はたしておじさんには聞こえたのかどうか。

おれはどうやらFacebook社の顔認証システムにはホリえもんとして認識されているようで、「あなたの写真が投稿されました」というメッセージが選挙ポスターが張り出された後、10回近く届いていた。その話を前にカミさんにしていたので、ポスターを見たカミさんは改めてそう言った。

「さ、行こうか。さっさと済ませちゃおう」

おれがそう言うよりも早く、自転車からおじさんが降りきるよりも早く、カミさんはもう歩きはじめていた。数メートル歩いて振り返ると、そこにはもうおじさんはいなかった。

「さっきのおじさん、右上のあたりを指差してたよね」そう訊かれたおれは答えられなかった。実際にどこを指したかよく分からなかったし、それよりも自分がさっさとその場を離れようとしたことを、どう捉えていいのかよく分からなかった。

おじさんの身なりが日雇い労働者風じゃなかったら、会話を始めただろうか?
話しかけてくる感じがもう少しフレンドリーだったら、へーって相槌くらい打っただろうか?
カミさんが一緒じゃなくて自分だけだったら、「どうしてですか?」って訪ねただろうか?

「みんながもっとオープンに語ったほうがいいって思っている。」
いろんなところでそう言っているけど、やっていることと違くない?

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さっき、雨のスキをついて散歩に出た(そしてけっこう降られちゃった…)。
そのときにはまだ残っていたポスター掲示板が、帰ってきたときにはもう無くなっていた。

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