【レポート】学生トークサロン 「学生たちが考える『いま東京で舞台芸術を学ぶこと』」
「東京芸術祭ファーム」のスクールプログラムが「ひろば」で開催
役者、裏方、アートマネジメント志望など――参加者たちの顔ぶれは?
この日、2回のサロンでファシリテーターを務めたのは、舞台芸術と福祉をつなぐアートマネジメントなどに携わる藤原顕太さん(一般社団法人ベンチ)です。数10年前から東京には、劇場や劇団の拠点、メディアなど、舞台芸術に関わるさまざまな要素が集まっていました。そのため学ぶ場所も集中していたと、東京の舞台芸術環境を藤原さんが振り返ります。一方で、学校を超えたつながりや、お互いの学校で何をしているかを知る機会は少ないのではないかと指摘。特に新型コロナウイルス感染症拡大の影響下にあるこの数年は、リモート授業が中心となるなど、舞台芸術を学ぶ環境も大きく変わっています。「今日は皆さんがお互いの環境を知り合ったり、つながりをつくったりできる場になれば」と、この日の目的が共有されました。
アイスブレイクとして、参加者同士の自己紹介からサロンはスタート。はじめに参加者の所属や学年、学んでいることを簡単にご紹介します。
「東京」で舞台芸術を学ぶこと
海外や地方から東京に来た人たちは、「東京」にどんな期待をもって上京したのでしょうか。
舞台芸術のアートマネジメントを学べる学校が東京にあったから。都市部にあこがれ、小さい頃から上京を決めていたから。と、その思いもさまざまです。なかでも「東京で学び、地元に戻って演劇で地域を活性化したい」と考えている学生が複数名いたことは、「この20年の舞台芸術シーンで顕在化した志向性」だと藤原さんは指摘します。
早稲田大学文学部のFさんは、東京に一極集中している演劇環境への“怒り”が根底にあったと言います。地元・愛知県内の文化振興財団がはじめた児童劇団の一期生でもあったFさん。役者になるために上京することを考えていましたが、父親の希望もあり“学問”ができる大学を選ぶことが進学の条件でした。受験勉強をしているうちに「どうして私が東京に出なくちゃいけないんだ。地域では演劇を仕事として選ぶ選択肢が考えにくいのはなぜなのか?」と疑問がふつふつとわいてきたそうです。それなら東京で徹底的に勉強し、地域だからこそできる演劇のかたちを探ろうと、早稲田大学へ進学したと話します。
地元で通っていた中高の演劇部での活動をとおして、積極性や協調性を“演劇に育ててもらった”思いがあると話すのは、日本大学芸術学部のEさん。将来は地域の演劇教育を現場で支えていきたいと考え、演劇の裏方も実践的に学べる日本大学に進学しました。今後はドラマティーチャーの資格を取り、地域の学校などで活動することを考えているそうです。
一方、留学生たちは、どんないきさつで東京を選んだのでしょうか。
中国から立教大学の映像身体学科に進学したDさん。東京を選んだ理由は、標準語を勉強したほうがいいという親御さんの意見だったそうですが、大学院の進学先を決める際に、関西に行くか東京に残るか、とても迷ったのだとか。自身が日本では“外国人”であることもあり、将来は多文化共生のアートマネジメントに関わっていきたいDさんは、在日外国人も多く多様性がある東京に、可能性を感じたことが決め手になったそうです。
メキシコのグァナファト大学を卒業後、日本大学芸術学部の大学院に通うIさんは、グァナファト大学に入学する前に、日本語の勉強をはじめていました。学生時代に明治大学との交換留学で明治大学に来たことが、その後の日本・東京とのつながりのきっかけになったと言います。日本の演劇シーンについては、メキシコと比べると、大学がプロフェッショナルと明確に切り離されているのを感じると、Iさんは指摘しました。
なぜ「舞台芸術」?
この問いについては、より切実な思いもたくさん共有されました。学生時代に所属していた演劇部の活動がきっかけだったという声が多く、生まれ育った地域に根付いていた文化に影響を受けた人や、親が舞台好きでよく一緒に連れて行かれたことがきっかけになった人、スポットライトを浴びてみたくて役者を目指したという人も。
中学時代の演劇部・顧問の先生に影響を受けて演劇にはまったのは、日本大学芸術学部のKさんです。「これまで何かに一生懸命になったことのない人生でしたが、演劇だけが、まっすぐに好きになれたものでした。もうこれしかない、演劇を勉強しようと思って、日芸に入りました」。
同じく日本大学芸術学部のAさんは、中高一貫の進学校の理系で、毎日実験ばかりしていたそうですが、中学3年生のときに学外の演劇公演に出演したことがきっかけになったと言います。「芸術は、人間そのものへのわからなさや面白さを探求できるもの。なかでも演じることは、自分に向き合いながら他者に向き合う表現です。そこに魅力を感じています」。
どんな実践/理論を学んでいる?
この日のサロンは、お互いに聞いてみたいことを吹き出し型の紙に書き、ファシリテーターが話題をふるスタイルで進行。紙に並んだのは「どんな実践/理論を学んでいる?」「将来の進路」「俳優が抱えるストレスへの対応は?」「わからない作品に出会ったときにどう考えているか」といったテーマでした。
いちばん多く上がったのは、「どんな実践/理論を学んでいる?」という、自分の学校では中心的に取り組んでいない学びへの関心でした。
演劇を見るのが好きで、原作まで掘り下げていく“オタク”的なタイプだったという明治大学文学部のHさんは、実践に取り組む大学は意図的に選びませんでした。今は日本から西洋まで、演劇史を体系的に学んでいます。ですが将来はアートマネジメントの道に進むことを考えていることもあり、もう少し実践にも関わりたい気持ちがあり、実践系の大学でどんなことをしているかを知りたいと話します。一方で、実践的な授業に取り組む日本大学の学生などからは、演劇史を掘り下げて勉強できる環境があるのは逆に羨ましい、といった反応も。
実践的な学びのなかでも“独特な事例”だと藤原さんが指摘したのが、取手アートプロジェクトの現場にがっつり入るスタイルで学んでいるという、東京藝術大学音楽環境創造科のCさんのケースでした。取手キャンパスのなかに野外劇場を立ち上げるプロジェクト運営に携わるCさんは、キャンパスがある地域の歴史のリサーチで、住民たちに話を聞きに行ったりしているそうです。
“理論側”では、早稲田大学文学部のBさんが、研究的なアプローチで舞台芸術作品を掘り下げていました。一例として、タイの史実にもとづいたミュージカル作品では、作品が上演された当時の社会情勢や、欧米のアジア観、アジアをアメリカンミュージカルとしてどのように表象していたかといった観点から作品を分析したそうです。
同じ大学から複数の参加者がいた回もあったため、学部やコースによって学んでいることが異なることにも、驚きの声が聞かれました。
将来の進路~アートマネジメントという視点
劇団附属の演劇研究所で、俳優になろうと演技を学んでいるGさんは「将来の進路」について聞いてみたいと口火を切りました。研究所にいる人たちは、俳優や演出など舞台に直接関わる仕事を志していますが、座学がメインの学校に所属する人たちには、どんな“進路”があるのか?
早稲田大学のFさんは、先輩たちの進路表では会社勤めをしている人が多いと話します。演劇に直接的には関係のない会社で働いている人もいれば、演劇に関係する制作会社、エンターテインメント系の会社に就職している人もいる。座学の学校では、卒業後に演劇に関わる・関わらないという選択肢の幅が比較的広いのかもしれません。
舞台芸術の仕事は、俳優や舞台スタッフ、稽古場や劇場スタッフといった、直接的に舞台に関わるものだけではありません。演劇やエンターテインメント系の制作会社はもちろん、地域の演劇環境を整える文化政策的なアプローチ、社会のなかに芸術活動をつなぐアートプロジェクト、舞台芸術作品を研究したり、評論したりする学術的な側面など――。集まった学生たちの志向性に表れているとおり、進路やその可能性もさまざまです。
なかでもPart1~Part2をとおして頻出したのが「アートマネジメント」というキーワードでした。「アートマネジメントってなんですか?」という問いに、ファシリテーターの藤原さんは「舞台芸術のなかには制作と呼ばれるポジションがある。これは作品をつくるなかで、さまざまな人たちの間に立って連絡調整をしたり、企画・プロデュースしたりという役割です。その役割がもう少し社会的に広がると、舞台芸術などの芸術活動と、まちづくりや福祉、教育といった他分野を連携させていく役割になる。芸術を社会とつないでいく仕事が、アートマネジメントです」とまとめました。
Cさんは現場に飛び込んでアートマネジメントを学んでいますが、その経験を活かせる将来イメージをもっていました。高校時代は地元の小劇場に通うことで救われた経験をもつCさん。「将来は地元にアートスペースをつくりたい」と話します。家や学校にいたくない思いをもつ人も、ふらっと立ち寄ることができ、舞台芸術にふれたり、本を読んだりできるような場所を考えているそうです。
創作の現場で起こる“ストレス”への対応~稽古場でのハラスメント
昔で言う「灰皿が飛び交うような」現場、俳優がストレスを抱える現場に出会ってしまったとき、どうやって身を守ればいいか、どう対処すればいいか――。俳優ならではの問いを投げかけたのは、日本大学芸術学部のJさんです。Jさんは一時期大学を休学し、劇団に所属して演技を学んだ後に復学した、複雑な経歴の持ち主。将来は俳優を目指しています。
コロナ禍でオンラインの座学が増えたなか、卒業を目前に、卒業公演の準備に取り組まなければならず、いきなり大学の外に出されてしまう感覚があるというJさん。「大学で学んだのにこんなこともできないの?」といった強めの風当たりもこれから想定しなければならないかも、と悩みを共有しました。
藤原さんからは、創作の現場におけるパワーバランスやハラスメントはまだ整備されていないことが多い課題で、一つ一つの現場で話題にあげ、意見交換していくことが大切なのではというコメントが。
またGさんは、劇団でのハラスメントの対策の状況を共有しつつ、ある演出家に言われた「演出家と役者は対等」だという言葉が心に残っていると話しました。「その分、役者は演出家と対等になれるように勉強しなければなりませんが、ストレスに対抗するひとつの方法は、自分も勉強をがんばって対等な立場をつくるという心構えをもつことかもしれません」。
Iさんも「たしかに演出家と役者が対等であることが一番いいだろうと僕も思っている」と同意。そのうえで、国や文化、演出家のパーソナリティにもよるし、メキシコに比べると日本には上下関係があると感じることを指摘します。「ストレスを抱えても、我慢することがベストなときもあると思うけど、お酒の場で愚痴ったりするのではなく、その場で言えるようになることが理想だと思います。日本では、問題を起こさないように我慢するケースが多いけど、少なくとも、ひとつの作品を一緒につくりあげていく演劇は、そういう場所ではない。問題や不満があったら、言い合えるような関係をつくるのが、目指すべき姿だと思うんです」。
Kさんも「演劇の座組は、同じ志に向かって、信頼関係で成り立っているものだと思います。ハラスメントという言葉が生まれてしまうのは、それがバラバラな状態で座組が組まれているからではないでしょうか」と思いを語り、「演劇をどのように広めていくか、また演劇教育にどのように取り組んでいくべきか。いろいろなことを考えていかなければなりません」と指摘しました。
対話によって、他者の視点や思いにふれる場を
この日のサロンに集まった学生はみな、舞台芸術という分野に興味関心をもつ人たちと交流をもちたいと考え、参加をしたメンバーです。Aさんは「今日のサロンのような、舞台芸術に関わる人たちが交流できる場所が、もっと増えるといいなと思いながら、皆さんの話を聞いていました」と振り返ります。
「わからない作品に出会ったとき、どう考えるか」というテーマは、この日議論が盛り上がったもののひとつでした。昨年の芸術祭で、対話型鑑賞プログラム「ダイアローグ・プラス」に参加したDさんは、そこで「わからないものは、わからないままで大丈夫」だと学んだと話します。「自分の理解ができないこと、もやもやしていることを大事にして、他の人の異質性や、理解できないものを、見過ごすのではなく向き合うこと。演劇鑑賞のときにはそれが一番大事なことだと思います」。
作品を見たときに、人と感想を話し合い、他者の視点や思いにふれること。このような芸術文化の大切な機能が、サロンの場でも感じられました。同じものを見ていても、千差万別の見かたがある。対話によって、他者の経験を学び続けることができるのです。
この日のサロンのような場が、東京芸術祭のようなフェスティバルで続いていくことへの期待とともに、締めくくられました。
取材・執筆:及位友美(voids)